第7章 混沌【土方歳三編】
そう言いながら、近藤さんは困ったような表情をされていた。
長い付き合いだからこそ、沖田さんの事が心配なのだろうと思えば、近藤さんはまた呟く。
「もし総司の身になにかあったら、あの人に申し訳が立たんからな」
「……あの人?」
「京に来る前、総司の姉のミツさんからくれぐれもよろしく頼むと言われていてな」
「え……沖田さん、お姉さんがいられたんですね」
「ああ。両親を早くに亡くしているから、ミツさんが親代わりとなって総司を育てたんだよ」
まさか沖田さんにお姉さんがいられるとは知らず、かなり驚いてしまった。
それに、早くにご両親を亡くされていたなんて……。
「沖田さん、苦労されていたんですね……」
「まあ、あいつは素直で前向きだからな。苦労したとは思っていないだろうが」
「あの根性曲がりを相手にそんなこと言えるのは、日本広しといえど、あんたぐらいだと思うぜ」
「土方さん……」
「おっ、トシ。どうしたんだ?一緒に麦湯でも飲むか?」
「いや、麦湯は別にいらねぇよ。そいつが、休め休め煩せえからな」
土方さんの言葉に近藤さんは苦笑を浮かべ、私は少しだけ眉を寄せた。
休んでくれるのは嬉しいけれど、【煩い】という言葉は余計な気がするような……。
苦笑を浮かべていた土方さんだが、直ぐに真剣な表情へと変わった。
そして近藤さんもまた、それに気が付き笑みを消す。
「三条大橋に立てられてる制札のことを知ってるか?」
「ああ、知っているとも。長州の罪状を記した札のことだろう?」
「……ああ。あの制札を引き抜いて、鴨川に捨てた馬鹿がいるらしい」
「無論、その話は聞いている。だがその制札は、後日立て直されたんじゃなかったのか?」
「そいつが、また引き抜かれちまったそうだ。そろそろ俺たちに声がかかるんじゃねえか」
そういえば、土方さんが話されているのを聞いたのを思い出した。
三条大橋の制札が引き抜かれて捨てられていたせいで、ちょっとした騒ぎが起きた。
「以前、札が引き抜かれたのは、確か夜中だったな……。であれば、山南君の羅刹隊を使ったらどうだ?」
「羅刹隊か……」
「何か、引っ掛かることでもあるのか?」
「あいつらは確かによく働いてくれるが……やり過ぎなんだよ。どんな役目につけても、関わった者を全て皆殺しにしてきちまう」