第7章 混沌【土方歳三編】
声をかけるべきか、このまま去るべきか。
そう悩んでいると、足音が聞こえてきてとある人が姿を現した。
「こんばんは、土方君。遅くに申し訳ありません」
「呼び出したのは俺だろう。山南さんと昼間から話すってわけにもいかねえしな……」
声をかける機会どころか、この場を去る機会さえ逃がしてしまった。
その事に私は困惑しながらも、物陰に隠れるようにしながら二人の様子を盗み見する。
「体調はどうなんだ?包み隠さず答えてくれ」
「ふふ。今は夜ですから、何の不自由も感じませんよ。強いて言うなら……少し蒸し暑いぐらいですね」
二人は私に気付いていないようで、話を進めていた。
盗み見するなんて、不躾ではあるけれども、その場を動けば見つかってしまう気がする。
そして、もしかしたら怒られてしまうのではと思いながらも、隠れ続けた。
見つかれば、土方さんには怒られて、山南さんからは皮肉か嫌味を言われてしまうかも。
二人のお説教は怖いので、見つからないように願いながら様子を伺った。
「太陽の光が苦痛ってんなら、そりゃ昼間は辛いだろうよ。わかってんだろ、山南さん。俺が聞きたいのはーー」
「私が【狂っている】か、確かめに来たんですね?」
山南さんの言葉に土方さんは否定しなかった。
その事に、山南さんは静かに微笑む。
「私が羅刹になったことで、君が胸を痛めているというなら、それはお門違いでしょう……。変若水を飲んだことを、私は後悔などしていません。むしろ深く喜んでいます。動かなかったこの腕で、再び刀を取れるのですから」
彼の微笑む姿に、土方さんは表情を厳しくさせていた。
「確かに傷は癒えただろが、失ったものだってあるだろうよ。羅刹化の代償は大きすぎる。そう易々とと作るもんじゃねえよ」
「土方君は心配性ですね。それに相変わらず頭も固い。奇跡の恩恵を受けることを、拒む人などいるのでしょうか?」
「外道でつかんだ奇跡か。俺は嫌な予感しかしねえな」
羅刹化は奇跡の恩恵なんかじゃない。
そう思ったのは私だけじゃないようで、土方さんは少し怖い表情を浮かべて吐き捨てた。
すると、山南さんは苦笑を浮かべる。
「怖いですね。土方君の勘は、よく当たりますから……」
「頼むから茶化さないでくれ。俺は本気で話してんだぜ?」
茶化す山南さんに、土方さんは悲痛に近い声で、言葉を零していた。