第5章 戦火【土方歳三編】
そう思って、私は永倉さんの目を見ながら首を横に振った。
数秒の沈黙を経てから、永倉さんは小さくため息を吐いてから刀の柄から手を離す。
「土方さんよ。この部隊の指揮権限、今だけ俺が預かっておくぜ!」
「言うじゃねえか……任せたぜ、新八!」
土方さんは私たちへと視線は向けず、永倉さんの言葉に返事をした。
「ようし!……いいか、おまえら!今から天王山目指して全力疾走再開だ!」
永倉さんが号令をかけると、隊士の方々は声を上げて先を駆け始めた。
その光景を男は苛立たしそうに見ながら、声を少しだけ荒らげる。
「貴様ら……!」
「おい、余所見してんじゃねえよ。真剣勝負って言葉の意味も知らねえのか?」
男が部隊の邪魔を出来ないように、土方さんは油断なく構え続けて睨み付ける。
その瞬間、男が叫んで土方さんへ攻撃を始めた。
「邪魔をするな!」
すると、男が振り下ろした一撃を受けた土方さんがそのままの姿勢で後ろに弾き飛ばされる。
大の男一人を、一振の力で弾き飛ばすなんてとんでもない力であり、私は思わず目を見開かせた。
「くそっ……なんて馬鹿力だ……っ!」
土方さんとの距離が空くと、男は永倉さん達の方へと顔を向けて視線を投げる。
一瞬だけ、立ち止まろうとした足に力を込めると私は千鶴の手を掴んで駆け出した。
駆け出した瞬間、一瞬だけだが土方さんと視線が交わる。
そして彼は、私たちへと叫んだ。
「そうだ。それでいい!そのまま走れ!」
瞬く間に土方さんが男に肉薄し、刀を突きつけていた。
「実力も分からぬか、この幕府の犬が!!」
「あいにくだな。戦場の実力なんざ、気合いでどうにてもなるもんだぜ!」
私は千鶴の手を引きながら走り出そうとして、土方さんの方へと振り返って叫んだ。
「土方さん、天王山で待ってますから!だから、絶対に追い付いて来てくださいね!」
土方さんは私の言葉に少しだけ驚いた表情をしたが、直ぐに微かに目を細めてから笑った。
「おまえ、俺が誰だかわかってんのか?」
「小姓の言う事を聞いてくれない、鬼の副長です!」
聞くのも野暮だと思わせる、頼もしい声。
そんな彼の言葉へと、私は言葉を返すと土方さんは呆れたように笑っていた。
そして私たちは永倉さんを追って駆け出す。
後ろを振り向くことはない。
ただ、ひたすらに天王山を目指して走り続けた。