第5章 戦火【土方歳三編】
土方さんの凛として、冷たい声音が理路整然とした論を発する。
そんな彼の言葉に、男は鋭い目付きを向けていた。
「……自ら戦いを仕掛けるには、殺される覚悟も済ませておけと言いたいのか?」
「死ぬ覚悟無しに戦を始めたんなら、それこそ武士の風上にも置けねえな。奴らに武士の【誇り】があるなら、俺らも手を抜かねえのが最期のはなむけだ」
土方さんが語る言葉は、男が言う【誇り】に対して言われているのだと思う。
だけど、この二人は相反するものを抱えているのが目に見えて分かるから、いくら言葉を重ねあっても互いの線は交わらない。
傍から見ている私でさえ、それが分かる。
二人が喋る言葉や纏う雰囲気さえ、相反しているのが分かるのだ。
土方さんは刀を抜くと、傍で構えている永倉さんを目で制した。
「……あ」
すると永倉さんは顔を顰めるけれども、数秒後には素直に刀を納めた。
「で、おまえも覚悟はできてるんだろうな。ーー俺たちの仲間を斬り殺した、その覚悟を」
人を殺すからには、人に殺される覚悟を持て。
剣術の稽古をしていた際に、斎藤さんから言われた言葉。
そして、土方さんの言葉もそう言っている気がした。
「……口だけは達者らしいが、まさか俺を殺せるとでも思っているのか?」
二人の視線が交錯した。
そして、次の瞬間には刀同士がぶつかり合う音が街に響き渡る。
噛み合った刀と共に二人は身を離し、土方さんは慎重に彼我の距離を取った。
戦っている姿は見たことはない。
だけども、斎藤さんや他の隊士さんに【土方さんは強い】と聞いていた。
だから、土方さんはとても強い方だが……
(あの男、池田屋で沖田さんすら倒した男……)
簡単に倒せるような男じゃない……そう思っていれば、視界の端で永倉さんが刀の柄を握り締めているのに気がつく。
そして、彼は体を僅かに前傾させていて今にも飛び出してしまいそう。
そんな永倉さんの姿を見て、私は思わず叫びながら彼の目の前に飛び出す。
「駄目です、永倉さん……!」
「千尋ちゃん……」
あの男と戦うことが、新選組の本来の目的じゃない。
本来の目的は天王山へと向かうことであり、土方さんは加戦する事を望んでいないはず。
天王山に逃げた長州の浪士を追い掛ける、本来の任務を疎かにすることも望んでいないはずだから。