第5章 My Princess-忍足侑士@後輩彼女
1年の教室から昇降口へ向かう廊下の角で、人に当たりかけて立ち止まる。
「ちゃんと見なさいよ」
そう言った上級生のバッジの彼女に、あの、と声を掛ける。
「原野先輩、委員会の役員会議の資料、忍足先輩に託けておりますので、ご確認、お願いします」
え?と瞬いて、ヤバッ!と焦燥を見せる彼のクラスメイト。
それでは、と会釈して歩き出すと、あ!おった!と後方から聞き慣れたイントネーションの低い声。
「原野ちゃん、委員会の忘れとった!」
コレ!と資料を掲げてこちらに来る忍足。
「ごめーん、忍足君!私もすっかりだったよっ」
2トーンは上がった気がする声に、廊下の端に寄った。
そこにいる必要もないので教室へ再び歩き出すと、あ、ちょぉ待ってよ、と低い声を呼び止められる。
「置いてかんとってよ」
さみしいやん、と隣に並ぶ彼を見上げる。
「もう予鈴がなりますよ?
木曜日ですから、午後イチは移動教室では?」
「🌸、俺のクラスの時間割、覚えてるんや」
どこか嬉しそうな顔に、はい、と頷く。
「跡部会長に、よく行方を聞かれますので」
「ああ、それで最近よぉ捕まるんか」
謎解けたわ、と頷く顔を見上げる。
「侑士さん、教材は?」
先ほどの委員会の資料しか持たない彼。
「今から取り行くで?」
「3-Hの教室は過ぎてしまいましたけど?」
彼の向こうの階段を上がれば、すぐに3年H組の教室なのに。
「彼女を教室まで送るくらいの時間はあるで」
微笑んでいる顔に、そうですか、と歩き出す。
「🌸は、現代文やったか」
得意教科やな、と隣に並んで歩く恋人に、はい、と答える。
「侑士さんは、苦手教科が無いので羨ましいです」
「また定期テスト前に教えたるよ」
「ぜひ、お願いします」
立ち止まった侑士につられて立ち止まる。
「ほなね。
居眠りしたらあかんよ?」
「侑士さんも」
「今日も図書室におる?」
「はい。第二の方に」
わかった、と大きな手に頭を撫でられた。
「迎え行くから、待っとってや」
「わかりました」
ほなね、と手を振る彼に手を振り返す。
「うざ」
すれ違いざま、そう言った同じ上履きの色の女生徒は、タッ、と小走りして、忍足せんぱーい!と声を掛けた。
「廊下、走りなや」
ごめんなさーい!と明るい声で返した彼女に背を向けた。
