第2章 後輩Nの苦悩(七海夢)
(あんな表情もするんだな)
分かり易い厚葉さんの事は知り尽くしたと思っていた。
しかし、あんな風に照れたり、恥ずかしがったり……まるで恋する乙女のような表情や仕草は、見たことがない。
今、厚葉さんは男性らしき手で頭をポンポンと撫でられている。嫌がる素振りをしつつも、その手を振り払うことはしなかった。
「…、」
心臓を握られたような、鈍い痛みを感じた。
「さくらさーん!」
「あ、灰原!七海!」
厚葉さんは灰原の声に気づき、手をこれでもかとブンブンと此方に振り返す。曲がり角を過ぎると…
「お疲れ様ですっ!
夏油さん、五条さん!」
そう、厚葉さんはこの二人と一緒に居た。
灰原は憧れの先輩を目の前にし、すかさず挨拶をした。
「おっ、灰原と七海じゃん!」
「これから任務かい?」
「はい!」
「呼びに来てくれたの?ありがとね!」
厚葉さんは“1年生の”自分達に向けるいつもの笑顔にパッと瞬時に戻る。
それが何故か腹立たしく感じた。
「別に…」
「あ!それ!」
厚葉さんは自分と灰原の腕の中にある物に気づく。
「教えてもらったおにぎり屋さんの新作です!」
「それ美味しかったよ!
七海はあそこのパン屋さんで買ったんだね!」
「美味しいのでたまたま買ってるだけです」
「意外とグルメだよね!七海って」
七海が買い続けてるってことはやっぱり美味しいパン屋さんなんだね!と、嬉しそうに言う厚葉さん。
厚葉さんと灰原の3人で他愛も無い会話をしていると、五条さんと夏油さんはじっとこちらを伺っていた。
「なんか、さくらって1年みてーだな」
「こら、悟。本当だからって言って良い事と悪い事があるよ」
「む、…どーせ私は足手まといですよ。
五条と夏油が強すぎるんだー!」
五条さんと夏油さんが厚葉さんを煽る。これは長引いてしまうやり取りかもしれない。
「厚葉さん、そろそろ時間ですよ」
「はあーい」
厚葉さんはすんなりと2人から離れ、自分達の元へ戻って来る。自分と灰原の真ん中にいるのが当たり前のように。