第1章 報われない(五条/夏油夢)
ナニかを期待した次の瞬間。
さくらは私の顔をギューーーーーッと絞るように強く挟みだした。
…そもそも、さくらに淡い期待をする私が間違っていた。
「……あにひゅるんだい?(何するんだい?)」
「うける、夏油がタコの口してる」
「ははひてくれにゃいか?(離してくれないか?)」
「やだ」
「ほはっはな(困ったな)」
「…夏油。私ね、怒ってるんだよ」
さくらの手が力が抜けていき、私の頬に手を再び添える形となった……と、思いきや。
今度は両頬を引っ張られる。
「いひゃいやないは(痛いじゃないか)」
「なーにが!来るもの拒まず去るもの追わず、よ!!
お互い割り切ってる関係ならまだいいよ?
でもね…
女の子の気持ちは、絶対に弄ばないこと!」
塩顔イケメンだから女の子達は寄ってくるけど、そんなことしてたらいつか刺されるよ?顔だけはイケメンだからね、顔だけは!と、私の頬を引っ張りながら怒るさくら。
イケメンと言われ、素直に喜べないのが残念でならない。
「わかった、わかったから」
なかなか離してもらえない。
さくらの細い腕を簡単に払い除けられるが、私はされるがままでいる。彼女が私を案じている事が、ひしひしと伝わってくるから。
(…それが、嬉しい。なんて)
こんな扱いを受けても悪い気はしない。触れていて欲しいと思う私は、やっぱりどうかしている。
「…あとは、」
まだあるのか。
さくらはパッと私の頬から手を離し、そして再び頬を引っ張られる……と、思ったら。
優しく、本当に優しく両頬を撫で、目を合わせるように私の顔をすっと上に向かせた。
「夏油の気持を擦り減らすような、傷つくような事はしないで」
「…」
「あと、出来れば……好きな人と、ちゃんと、幸せになって」
さくらの後からは、眩しいくらい夕日が差し込んでいる。さくらの顔に影がかかり、表情が見にくい。
(それでも、わかる)
さくらの瞳はいつもより水分量が多く、それ故光を反射し、暗い黒目がゆらゆらと歪んで見える。
今にも涙をこぼれ落としそうにしながら切なく笑うさくらが居た。
それがとても、本当に―――…