第1章 報われない(五条/夏油夢)
「好きな人はいるけど、その人は私に眼中ないんだ」
なるべく何でもない事のように言う。
傷付いてないかのように。悟られないように。
「夏油、モテるのに?」
「残念ながらね」
「…」
さくらは缶飲料をじっと見つめたまま動かない。私に好きな人が居るのはそんなに驚くことだったかな。
「さくら?」
「…あ、いや。なんていうか。
夏油は何でも出来るし、何でも持ってるから。そんな悩みがあると、思わなくて」
“何でも出来て、何でも持ってる”
私の事をそう思っているのに。
ちっとも振り向いてくれないんだな、君というやつは。
「どんな人なの?その、好きな人は」
「そうだなあ。
一緒にいると楽しくて、元気になる。
賑やかな子だけど、とても癒やされる。
―――人を思いやれる人、かな」
“可愛い”や“綺麗”という言葉は、あまりにも見た目等の表面的な事しか強調されない気がして、あえて避けた。
避けたものの、結局はありふれた言葉でしか表現できなかったのだが。
「告白しないの?」
「…玉砕覚悟で告白して、関係が壊れるのも怖いんだ」
本人を目の前に、抱えていた本心を吐露する。
さくらはどんな反応をするのだろう。
「夏油が告白してフラレるなんて、ないでしょ」
「そうだったらいいんだけどね」
そんな事を言うのなら、付き合ってくれないか。
そう言ってしまいたくなる衝動をなんとか抑える。
「そっかぁ。夏油もちゃんと恋してるんだねぇ」
「“恋”、ねぇ(笑)
……まあ、でも。とても大切に想ってるよ」
自分に似合わなすぎるワードで思わず笑ってしまった。
「ちゃんと恋してんのに、女遊びとか、してるの?」
「…来るものこばまず、去るもの追わず。って感じかな」
さくらはすくっとベンチから立ち上がると、私の目の前に立った。
やはりガッカリしたのだろうか。
笑顔を絶やさないさくらが、怒ったような泣き出しそうな、何かを堪えている顔をしている。
どうして君がそんな顔をしているんだ。
「さくら?」
さくらが私の両頬に、自身の両手をそっ…と添えた
…と、思った。
ナニかを期待した。