第9章 アナタの芸
「あの部屋」というのは、俺に初めて師匠が芸を見せてくれたこじんまりとした和室のことを指していた。
相変わらずこの部屋は時が戻ったみたいで、俺は自然と自分の話をすることが出来た。その間ヤマトさんは黙ってうんうんと話を聞いてくれて、こんな穏やかな時間を独占していることに、どこか優越感があった。
そうして俺が、雅楽舞踏の全種類の芸を習得出来ましたと報告を終えると、一呼吸置いてヤマトさんがゆっくりと話し出した。
「そっか。もうここまで成長したんだね……」
「はい、おかげさまで」
そう言うと、ヤマトさんは僕は何もしてないよと微笑んだ。俺はそんな優しい表情に思わずまた見取れてしまって、なんとか目を逸らした。
「それで、ヤマトさんは……」
俺はヤマトさんが床に下ろした松葉杖を見やった。この家には椅子なんてものがなかったから、ヤマトさんは座布団に座って足を伸ばした状態だった。聞くのはマズイかもしれないと、俺ははっきりと訊ねることを躊躇った。
「舞台から、落ちたんだ」
「え……」
俺はヤマトさんを見つめた。ヤマトさんの表情から途端に色が消えていて、俺の心臓は不穏さを察した。
舞台から落ちた? ヤマトさんが?
俺が子どもだった時からなんでも出来た憧れの人が、今更舞台から落ちるなんて下手をする訳がない。なぜ落ちたのか。俺は聞いてみたかったが、ヤマトさんの顔を見れば見る程、聞いてはならないと言われている気がした。