第9章 アナタの芸
「俺のは……」
俺は言葉を詰まらせた。オリジナルの芸を許可されていることも知ってはいたし、開発して練習していたこともあったが、どれもしっくり来なくて習得までには至っていなかった。
ただ一つを除いて。
「あ、ごめん、無理にとは言わないんだ。ただ、トオル君の芸を見てみたかっただけだから」
ヤマトさんに気を遣わせてしまった。俺は早く言わなくてはと気持ちが焦った。
「俺の芸は、ないです」
俺ははっきりと言い切った。視界には困惑するヤマトさんが映って、またごめんと言われる気がした。俺は言わせまいと大きく息を吸ってすぐに答えた。
「ヤマトさんの芸なら、習得しました」
「え……」
息を飲む、とはこういうことなんだろうと思う。ヤマトさんの表情はまさしくそれだった。
雅楽舞踏はその長い年月も受け継がれている間に、様々な意味合いが紐付けられていた。一つは、師匠からオリジナルの芸を教わった時に初めて一番弟子と認められたことを指していたり、最愛の人に捧げる特別な芸があったり。
そして、師弟関係以外がその人の芸を習得することを、求愛行動と呼ばれていて、それはつまり、プロポーズと同等であることを示していた。
「それは……」
「見てくれますか」
俺はヤマトさんの言葉を遮ってそう言った。ヤマトさんの眼差しが動揺で溢れているのが見て取れた。けど、もう俺は目を逸らさないと決めていたから、見つめ続けていた。
「……うん」
ヤマトさんは何も聞かずに頷いた。俺は芸をするために立ち上がった。
ヤマトさんの芸は直接見ることは出来なかったが、画面越しで何度も何度も練習して習得してきた。不安はあるけれど、きっと大丈夫。俺はヤマトさんを振り返ってそう思った。
俺は練習してきた通りにまずは正座して頭を下げた。芸を始める前の自己紹介と始まりの文句を読み上げるように言葉を放ち、ゆっくりと、動作を開始した。
ヤマトさんは俺の芸が終わるまでじっと見守っていてくれた。どこかミスがあるだろうかと不安と緊張の中、ヤマトさんの拍手だけが何よりもの救いだった。俺が初めて師匠の芸を見た部屋で、ヤマトさんの返事を、聞くことになった。
おしまい