第10章 始動
通話が終了すると、電話中抑えていた息苦しさが必死で話したせいでより激しくなって来た。
酸素を取り込もうとするのに、うまく吸えない。
苦しい…苦しい……息ができない。
「はぁっ…はぁっ…はあっ…」
涙で視界がぼやけてくる。
恵が不安そうな顔でこっちに手を伸ばしているのがわかった。
恵、ごめんね。
大丈夫だから心配しないで。
そう言ってあげたいのに声が出ない。
恵の小さな手を握り返したところで、意識が途切れた。
「ん…」
「あ、起きた?繭ちゃん」
体にガタガタとした振動を感じて意識が浮上して、声のした方に目をやると運転中の時雨さんがいた。
「時雨さん…?」
「びっくりしたよー、アイツんち行ったら恵の泣き声が外まで聞こえるからさ。何事かと思ったら繭ちゃんが床に倒れてて。とりあえず車に運んで、今俺の知り合いの医者んとこ向かってるから」
「恵は…」
「後ろ。泣き疲れて眠っちまった」
後部座席にはチャイルドシートに乗せられた恵。
腫れたまぶたと頬に残る涙の跡が痛々しい…ごめんね、恵。
「時雨さん…お医者様じゃなく甚爾さんのところに連れてってください。私は大丈夫です」
「でもなあ…そんなことしたら俺アイツに殺されるかも」
「甚爾さんには私が無理言ったって言います。一刻を争う事態かもしれないんです」
「…繭ちゃんがそこまで言うなら、わかったよ。でも心配だから先に病院行こう。あと少しで着くから」
「甚爾さんに殺されるのといま此処で死ぬのどっちがいいですか?」
ハンドルを握る時雨さんの手を上からぎゅっと力を込めて握った。
呪力で握力を強化すれば、大人の男性でも振りほどけないくらいの力になる。
少しずつ手に力を加えてハンドルを動かして、車通りの多い反対車線に向けて車体を傾けた。
「わかった!わかったから繭ちゃん!あいつのとこ向かうから落ち着いて!」
「……手荒なことしてすみません」
「繭ちゃんが此処までするなんて…それ相応の理由があるってことだろ?大人しくアイツに怒られるわ」
「わからない…わたしの杞憂であってほしいです…」
「スピード上げるからしっかり掴まっといて」