第10章 始動
アクセルをぐっと踏み込んだ時雨さん。
こんなことをしてしまって自分でも驚いてるけど、甚爾さんのためならどんなことでもできてしまう自分がいる。
お願い…何もありませんように。
掌の中のひび割れた石をぎゅっと握り締めて神様に祈った。
それから車は険しい山道に入り、人気のない道をしばらく走った。
「着いたよ繭ちゃん、オレがアイツと別れたのはここ。まっすぐ帰るって言ってたから、いるとしたら可能性としてはここしか考えられない」
「盤星教本部…星の子の家…」
「俺も一緒に行くよ」
「いえ…時雨さんはここで恵と待っててください。何かあれば電話します、何もなかったらすぐ戻るので」
「ちょ…」
車が停車した瞬間すぐに外へ飛び出した。
時雨さんの声が聞こえたけど、バタンという車のドアが閉まる音にかき消されて聞こえなかった。
嫌な予感は当たっていた。
呪力の気配がする。
残穢じゃなくて現在進行形で出力されてる呪力だ。
それもかなり膨大な呪力量…わたしが今まで出会ったことのある術師の中でも最高レベル…悟と同等のレベルだ。
「はぁ…はぁ…は…」
気配のする方へなりふりかまわず走る。
呪力の震源地に近づくほど、周りの建物が崩壊している様が目に入る。
甚爾さんが呪術師と戦闘になった…?
それなら心配する必要はない。
甚爾さんが並大抵の術師に負けるはずないんだから。
心配しなくても大丈夫。
大丈夫…。
自分に何度もそう言い聞かすけど、動悸は鳴り止まず冷や汗が背中を伝う。
本能がそれを否定する。
雲一つない青い空の下。
肌を刺す日差しとジワジワとうるさい蝉の声。
見えたのは、誰かの後ろ姿。
背が高くてすらっとしたシルエットに黒い学生服を纏っていて、ふわふわした銀色の髪は血で汚れている。
わたしの気配に気づいたのか、こちらを振り返る彼。
きらきらした青い瞳。
驚いた顔をした彼が何かわたしに言ったかもしれない。
でも、わたしの意識は一瞬で彼越しに見えるものに奪われた。
「とうじさん………?」