第10章 始動
体に受けた衝撃から一瞬視界が光で満たされ、数拍置いたのち粉塵の向こう側に五条悟のシルエットが見えた。
距離をとらなければと思うのに、足は地に根が生えたように動かない。
今の衝撃は何だ?
五条悟の攻撃パターンにはなかった。
左半身の感覚がない。
オレの体は今どうなってる?
万里の鎖を握ったままの右手からも力が抜け、ジャラジャラと鎖が手のひらを滑り落ちた。
空いた右手で感覚の無い左半身に触れようとしたが、その手は空を切った。
空っぽだ。
何も掴めない。
左腕の先は虚空だった。
空洞から滴り落ちる血が右の手のひらを濡らしていく。
心臓が残ってるかは知らねえが、意識は持ってあと2、3分でとこだろう。
やけに冷静な頭と比例するように冷えていく体。
そんなオレの目の前に、ハイになった状態から一転して恐ろしいほど凪いだ瞳をした五条悟が地上に降りた。
「…最期に言い残すことはあるか」
「……繭に伝えてくれ。
オレを忘れるなって」
「…立派な呪いだな。繭のこと一生縛りつけるつもりかよ」
「オレに呪力は全くないけどな…死に際の遺言ならアイツを縛り付けるだけの効力はあるかもな」
「……オレがそれを素直に繭に伝えると思うか?」
「さぁな…こんな状況でオレに選択権はねーだろ…それからもう一つ」
「注文が多いな、おっさん」
「二、三年もしたらオレのガキが禪院家に売られる…好きにしろ。」
人は死ぬ前に走馬灯を見るって話。
死への恐怖からこれまでで最も幸せだった時の記憶を無意識に反芻するらしい。
そんなこと、アホらしいって思ってた。
死んでいくのに何の意味があるんだって。
でも、オレが最後に思い出したのはオレの腕の中で幸せそうに微笑むオマエの笑顔だったから、柄にもなく、最期の記憶がこれでよかったって思っちまった。
その笑顔を見れるのは、オマエを守ってやれるのはオレだけだと思ってた。
オマエを誰にも渡したくない。
死んでからもなおその心を他の誰にも明け渡したくないオレを、オマエは赦してくれるか?