第10章 始動
「…あんた、どっかで会ったか?」
「気にすんな…オレも苦手だ、オトコの名前を覚えるのは。そういうところはオレたち案外似てるかもな。
あとは…オンナの趣味もな」
記憶にない口に傷のある男は、皮肉めいた口調でほくそ笑んだ。
「悟!」
傑が呪霊を呼び出し、男と俺を引き剥がした。
駆け寄る傑は見たこともない必死の形相で、こんな状況にも関わらず笑ってしまいそうになるのを抑えて傑を制止する。
「問題ねー。俺は大丈夫だ、傑。それより天内を天元様の処へ。コイツは俺が相手する」
「…気をつけろよ、悟」
高専地下へと駆け出した傑たち。
さて…得体の知れないこの男とどう戦おうか。
傑が呼び出した呪霊に飲み込まれたと思ったものの、腹を突き破って出てきた男は高みから俺を見下ろしながら、さっき俺を刺した呪具とはまた別の武器を携えていて初めて見る呪霊を体に巻き付けている。
この男…何かがおかしいと思ったら呪力が全くない。
自身の身体能力を底上げする天与呪縛のフィジカルギフテッド。
だから高専の結界を通り抜けられたのか。
だとしたら…初めにこの男から感じた呪力の気配は?
なぜか懐かしい気がする、この呪力は……。
「繭………?」
「気づいたか?五条の坊」
「なんで…なんでお前から繭の呪力を感じるんだよ」
「その必死なツラ…いいねえ。
……やっぱりまだ諦めてなかったか」
「お前か?俺の前から繭を奪ったのは」
「さてな…お前が死ぬ間際に教えてやろうか?」
口の端を吊り上げて挑発的に笑う目の前の男。
なぜ繭が?
この男は一体なんだ?
繭とどんな関係が?
繭の手がかりが掴めたという事実に安堵する気持ちと、考えたくない仮説に頭の中が支配されそうになる。
この状況すらもこの男の算段の内だとしたらまんまと術中に嵌ってしまっているのは間違いない。
この男の身体能力に裏打ちされた常人ならざる速さと呪力がない故の気配の気取られなさ、俺を削るために天内に懸賞金を掛けたり雑魚呪霊である蠅頭を探知妨害として使う頭の良さ、感情的な揺さぶり…どの要素も俺から普段の冷静さを欠かせる一因となった。