第10章 始動
オレには似つかわしくない、洒落た外観のこぢんまりとしたケーキ屋は繭のお気に入り。
扉を開けるとカランカランと可愛らしいベルの音が響く。
「いらっしゃいませ、お持ち帰りですか?」
「あぁ、あるケーキ全部ひとつずつもらう」
「かしこまりました。
…今日は可愛らしい彼女さん一緒じゃないんですね」
「そう、アイツにお土産。ここのケーキ大好きだから」
「いつもみんなで素敵なカップルって噂してるんですよ。
…お待たせいたしました。今日は少し暑いので保冷剤多めに入れておきました。気をつけてお持ち帰りくださいね」
「どーも」
「またの御来店お待ちしております」
笑顔の店員に見送られながら、ベルを鳴らして店を後にする。
「あつ…」
この間ようやく冬が終わり春らしい季節になったと思ったところなのに、降り注ぐ日差しはもう夏の気配を感じさせて、長袖のスウェットを着ているとじんわりと汗ばんでくる。
夏なんて暑苦しくてうざったいだけだと思っていたが、繭が一緒に住むようになってからは恵と3人でスイカ食ったりだの、ベランダから見える花火を見たりだの、あまり大っぴらに外出はできないもののささやかに夏の風物詩を楽しんでいて、夏も悪くないと思えるようになった。
繭は生まれてから一度も海に行ったことがないらしく、オレたちに気を遣ってか行ってみたいと口には出さなかったものの、思っていることはすぐにわかった。
アイツの願いは全て叶えてやりたいと思う自分がいる。
もうすぐ、今回の依頼がうまくいけば繭のささやかな願いだって叶えられるだろう。
そのために必要なことならオレは何だってやってやる。
今年の夏もその次の季節も、オマエと過ごすために。