第1章 動き出した歯車
あれ?
お兄ちゃんと同じようにしたはずなのに、おにいさんの傷は治らなかった。
おまじないのちから、消えちゃった?
〝おねがい治して〟
そう心の中で願ってもう一度おにいさんの傷に触れるが、何も変わらなかった。
やっぱりわたしって、ご当主様が言ったように〝くそざこ〟ってやつなのかな。
「…ごめんなさい。おにいさんの傷、治してあげたかったのに」
引っ込んだはずの涙がまたじわじわと込み上がってくる。
泣いちゃダメ、そう思って唇をぐっと噛む。
ぽん、と頭の上に重みを感じた。
「この傷は、もう治らない。オマエのせいじゃないから気にすんな」
おにいさんの大きな手が頭を撫でた。
わたしは何もできない自分が悔しくて恥ずかしくて、涙が溢れた。
泣いてるところを見られたくなくて、顔を上げられない。
下を向くと表面張力を超えた涙が、ぼたぼたと地面に大きな染みを作る。
「オマエ名前は?」
「…繭。」
「繭。泣けるうちに泣いとけ。
ガキなんだから我慢なんかするな」
あったかくて大きな手がぽんぽん、と頭を撫でる感触があって。
涙を拭いて顔を上げた時には、もうおにいさんはいなかった。
おっきな黒豹みたいなおにいさん、
また会えるかな。
しばらくその場にぼうっと佇んでいると、母がわたしを呼ぶ声が聞こえて、ドキリとした。
勝手なことばかりして怒られる。
そう身構えていたが、わたしを見つけた母は思いの外上機嫌で。
わたしはあれ?と不思議に思った。
母は「こんなところにいたの繭。さあ帰りましょう」とわたしの手を引き、屋敷を出た。
帰りには滅多に来ないデパートに寄って。
母はニコニコしながら、好きなもの一つなんでも買っていいわよとおもちゃ売り場に連れて行ってくれた。
わたしはぬいぐるみコーナーにあった大きな黒いわんちゃんのぬいぐるみをねだった。
ほんとは黒豹さんがよかったけど置いていなかった。
あのさびしそうなおにいさんに、ちょっとだけ似てる気がしたから。
「その黒いわんちゃんでいいの?繭にはもっと可愛い方がいいんじゃない?」
「ううん、この黒いわんちゃんがいいの」
母はかわいらしい白いうさぎのぬいぐるみを持ってきたが、わたしは譲らなかった。