第1章 動き出した歯車
side 繭
いきなり目の前に現れた、黒くて大きい野生動物みたいなおにいさん。
ごつごつした体と鋭い目つきは前に動物図鑑で見た黒豹みたい。
うかつに近づいたら飛びかかられそうな雰囲気がある。
でも、どうしてだろう。
その暗い翠色をした目は、なんだかちょっとさびしそうな感じがした。
だからわたしは、
ちょっとだけおにいさんに近づいてみたくなったのかもしれない。
「…おともだちに、なってくれなかった」
「あ?」
「がんばってごあいさつの練習してきたのに…ぐすっ。ごとうしゅさま、わたしが〝くそざこ〟だから、おともだちにはなってくれないって…。
………くそざこってなに?」
「ぶっ」
おにいさんが吹き出した。
「くくく、そりゃあ五条家のご当主サマから見たら、どんなやつでも〝クソ雑魚〟だろうな?さすがご当主サマ」
なんでおにいさんに笑われたのかはわからなかったけど、
怖い顔をしたおにいさんが笑顔を見せてくれたことが嬉しくて、つられて頰が緩む。
「…じゃあ、おにいさんもわたしと同じ〝くそざこ〟なの?」
「ああ、なんならお前よりな」
口の端を上げてにやりと笑うおにいさん。
嬉しくなったわたしは調子に乗っておにいさんに笑いかける。
「じゃあ、わたしとおにいさんは〝おそろい〟だね!〝おともだち〟になれる?」
「…同じ〝クソ雑魚〟でも、おれとお前じゃ住む世界がちげーよ」
おにいさんの言う事はわたしにはわからなかった。
でも、〝これ以上近づくな〟と言われた気がした。
おにいさんは、手負いの獣みたい。
わたしよりずっと大きくて、大人の男の人なのに。
なんだかさみしそう。
「おにいさん、わたしおまじない使えるの。おにいさんにかけてあげる。こっちに来て」
おにいさんに向かって、んっと両手を広げる。
こわそうなおにいさんは意外にも、これだからガキは…ってぶつくさ言いながらもわたしの目線に合わせて屈んでくれた。
「オレもガキの相手するほどひまじゃねーんだよ。」
「いたいのいたいのとんでけー」
お兄ちゃんの傷を治した時のように、
おにいさんの口元の傷にそっと触れた。