第1章 動き出した歯車
オレのいる場所からはガキの後ろ姿しか見えないが、庭にある大木の影に身を隠すように縮こまっている。
一張羅であろう仕立てのいい着物を着ているが、転んだのか腹や膝のあたりは土で汚れているし、顔に押しつけている着物の裾は涙でぐしゃぐしゃに濡れてしまっている。
声を押し殺そうと必死で口を押さえるが、嗚咽する度に震える小さな肩が痛々しかった。
その小さな背中に、思わず思い出したくもない記憶がフラッシュバックする。
(ーーー声を出すな。息もするな。アイツらが気配に反応して襲ってくる)
禅院家で〝しごき稽古〟と称して呪霊の群れに投げ込まれた時のこと。
呪力がないオレは呪具も持たされず丸腰で放り込まれた呪霊の巣窟で、息をすることさえも許されなかった。
四方八方から襲いかかる姿の見えない敵を相手に、どうやって生き延びることができたのか、正直覚えていない。
おそらく、オレの頭のネジが飛んだのはあの時だろう。
気がついたら、自分の血溜まりの中に立っていた。
体には夥しい数の傷が刻まれていたが、オレは生きて呪霊の巣窟から戻った。
天与呪縛の肉体のおかげで、その時刻まれた傷はほとんど治ったが、口元の傷だけが残った。
オレに〝しごき稽古〟をしてくれた、クソ共はオレの顔に傷が残ったことを喜んでいたがそんなことはどうでもよかった。
ただ、強くなって呪霊もオレを馬鹿にしたクソ共も全部殺してやることを胸に誓った。
たぶん、このガキが使用人達が噂していた〝ご当主様の許嫁候補〟なのだろう。
こんなクソみたいな世界に生まれちまって可哀想にな。
声を押し殺して泣くガキの背後から声をかけると、オレの気配が感じられなかったせいだろう、かなりびびったようだったが涙を拭ってからおそるおそる振り返った。
歳の頃は5、6歳くらい。
透き通るような白い肌に、涙を溜めた大きな瞳は濡れてつやめいている。
きゅっと引き結ばれた形のいい唇と、白くまろい頬は赤く色づいて、涙の跡が痛々しい。
人形のように整った顔立ちのガキだった。