第7章 萌芽(ほうが)
「繭、何があった」
「とうじさん…」
拳と服に返り血をつけた甚爾さんが近づいて来て、恵の横で座り込む私の顔を覗き込む。
こんなことがあったっていうのに、甚爾さんの表情はいつもとあまり変わらず、その瞳には顔をぐちゃぐちゃに歪ませながらボロボロと涙を流す私が映っていた。
「オマエ何された?怪我は」
「ごめんなさい、ごめんなさい、恵が…」
「もう傷は塞がってる。大した怪我じゃねえよ」
「ごめん恵、怖かったよね、ごめんなさい…」
意識のない恵をひっくり返して甚爾さんが頭の傷を確認する。
甚爾さんの言葉に安心して恵の体を抱きあげた。
よかった…あったかい。
「とりあえず、人が来る前にここ出るぞ。」
ほっとして体の力が抜けてしまった私と恵を甚爾さんが抱えるようにして家に帰った。
「繭、三日分の必要なもんカバンに詰めとけ」
未だ恵を抱き締めたまま涙が止まらない私に、甚爾さんが指示を出す。
回らない頭で恵をベッドに寝かせて、甚爾さんの指示通り荷物を準備した。
甚爾さんは携帯電話で誰かに電話をかけていて、しばらくやり取りをした後に私と恵のいるリビングへと戻って来た。
「準備できたか?出るぞ」
私の腕から恵と荷物の入ったカバンを奪って、私の手を引く甚爾さん。
アパートを出ると下に黒塗りの車が止まっていた。
甚爾さんは後部座席のドアを開けると私をそこに押し込んで、その後に自分も車内に乗り込んだ。
甚爾さんが何も言わなくても音もなく発進する車。
運転席との間には黒いカーテンがついていて、前の席の様子はわからない。
後部座席の窓にもカーテンがあるのでどこを走っているのか、外の様子からも確認できない。
これから行く先も何をしようとしているのかもわからないけど、隣にいる甚爾さんは車内に入ってからずっと手を握っていてくれて、ようやく私は泣き止むことができた。
「繭、降りるぞ」
あまりにもスムーズな走行で、目的地に着いたことすら気づかなかった。
甚爾さんに着いて車から降りるとどこかのホテルの裏口で、従業員専用と書かれた扉を通って誰にも会わずに目的地であろうフロアまで辿り着く。
甚爾さんは部屋番号の書かれたドアをノックもせず開けた。