第7章 萌芽(ほうが)
side 伏黒甚爾
試食コーナーのおばちゃんにオレと繭と恵の3人が家族だと思われて固まった繭の反応が面白くて、わざとからかって嫁扱いしてからというものの、何やら考え込んでしまった繭。
コイツのことだからまたウブな反応でもしてくれるのかと思ったが、今回はどうやら違ったらしい。
何やら思い詰めた顔をしていて、その表情は初めて繭と会話を交わしたあの夜のことを思い出させる。
嫌な予感がして問い詰めても、繭には珍しく素直に答えずはぐらかされてしまった。
繭には、オレに言えない何かがある。
訳アリだってのは出会った時からわかりきってたことで、それを承知で家に置いたのは他でもないオレだ。
人間誰しも人に言えないことの一つや二つある。
オレなんてそれこそ数え切れないぐらい人に言えないことばかりしてきた。
これまでに付き合った女だって、訳アリの女は数え切れないぐらいいた。
でも正直、ヤれればいい。寝る場所を、食う物を提供してくれればいい。
むしろ女の事情なんてあっちが聞いて欲しがってもオレは聞きたくなかった。
面倒なことに巻き込まれるのは御免だからだ。
でも、コイツに関しては全く別だ。
オレに言えない何かがあるってことに、ひどく苛ついている自分がいる。
繭の全てを知りたい。
いつの間にか一人の女に対してそんな感情を抱いている自分に驚いている。
「甚爾さん、お買い物ついて来てくれてありがとうございます。帰りましょう」
いつもと違う、作った笑顔でオレを見上げる繭。
オレにはそんなのバレバレだ。
早く無駄な足掻きはやめて、オレにオマエの全部を見せろよ。
行きとは違って、重い空気を感じる帰り道。
スーパーではしゃぎ疲れた恵は繭の腕の中で眠っていて、繭は相変わらず硬い表情のままでいつもより明らかに口数も少ない。
どうやって聞き出そうかと考えあぐねていると、急に繭が公園の前で足を止めた。
「繭?」
「すみません甚爾さん…今日シチューにしようと思ってたのに、牛乳買い忘れちゃいました。私、戻って買って来ます」