第7章 萌芽(ほうが)
起きたら甚爾さんが隣で寝ていてびっくりしたあの日。
あの日から、甚爾さんはどこか変わった。
おそらく女の人からの誘いであろう電話が来ても夜は家で過ごすようになったし、時々別の電話が来て「仕事行ってくる」と行って出て行く以外はお家にいることが多くなった。
それから……。
「繭、ドライヤー持って来い。乾かしてやるからここ座れ」
恵と一緒にお風呂から上がった私に、ソファに足を開いて座った甚爾さんが自分の足の間を指差す。
私が恵の髪を乾かすためのタオルを持って言われた通りに甚爾さんの前に座ると、甚爾さんは私の長い髪を丁寧にドライヤーで乾かしてくれる。
甚爾さんのゴツゴツした太い指先は、意外にも繊細で優しい。
それに最近新たに知ったことだけど、甚爾さんて意外にお世話好き…?
(気持ちいい…)
髪が乾いてうとうとし始めた恵を抱っこしながら、心地よい温風と髪を撫でられる感触に私もうとうとと船を漕ぎ始めると、カチッという音とともにドライヤーの電源がオフされて、甚爾さんが腕の中の恵をリビングにある子ども用のベッドに寝かせた。
それから次は私のことをひょいっと軽く抱き上げると、甚爾さんの寝室にあるベッドに降ろされる。
甚爾さんがいなかった時は恵のベッドの近くのソファで寝ていたけど、甚爾さんがいるようになってからは、こうやって甚爾さんのベッドで隣で眠るようになった。
初めはベッドを使わせてもらうことが申し訳なくて断ったけど甚爾さんが、
「隣に誰かいないと眠れない」
と言って譲らないので、こういう形になった。
「とうじさん…」
「ん…おやすみ繭」
「おやすみなさい、いい夢を…」
寝る前はおまじないのようにおでこにキスしてくれるとうじさん。
でも…本当はおまじないが必要なのはとうじさんの方だ。
深夜に時々目を覚ますと、悪い夢を見てるのか甚爾さんが魘されていることがある。
それに気づいたのは数日前のこと。
何か声が聞こえたと思ったら瞼を固く閉じたまま眉間に皺をギュッと寄せた甚爾さんが呼吸を荒くして汗をかいていた。
大きな拳をきつく握り締めて苦しそうにしている甚爾さんに何かしてあげたくて、名前を呼んでみたけどなかなか夢から戻って来られないから、いつもとは逆だけど私が甚爾さんを腕の中に抱き締めた。