第6章 陽だまり
コイツが犬だったら、今耳がピン!と立って尻尾ぶんぶん振ってんだろうなってくらい、わかりやすく喜ぶ繭。
空の皿を持っていそいそとキッチンに引っ込む。
いつだったか忘れたけど、しばらく転がり込んでた女が置いて行ったエプロンを寝巻きがわりのデカいTシャツの上につけた繭は、いかにも幼妻って感じだ。
狭いキッチンの中をパタパタと走り回る繭。
家の扉を開けた瞬間、部屋の明かりがついているのも、食欲を刺激するメシの匂いが漂ってくるのも、誰かが〝おかえりなさい〟って迎えてくれるのも、久しぶりの感覚で。
胸に空いていた穴が、また温かいもので満たされていく。
心地よいぬるま湯のような、形のないものに包まれる感覚。
期待と不安。
これ以上深入りするなと無意識に心のどこかでストッパーをかける自分もいる。
いつ失ってもいいと思えるものしか手にしてはいけない。
まだ間に合う。
様々な思いが交差する。
…もうめんどくさいことは懲り懲りなんだよ。
「はい!お代わりどうぞ」
「…おー、さんきゅ」
「まだありますからいっぱい食べてくださいね」
「おー…わり、電話。もしもし」
ケツのポケットの中で震える携帯。
飯を食いながら片手で画面も見ずに通話ボタンを押すと、相手は何度か寝たことのある女のうちの一人のようだ…名前は思い出せねーけど。
「あー…んじゃ今日行くわ。じゃーな」
電話相手の女は何やらもっと電話を続けたそうな雰囲気だったけど、正直オレの用件は会ってヤる、ただそれだけ。
必要な用件のみ聞いて通話を終了させて、また飯に集中する。
オレが電話をし出した時から視界の端で繭が何か聞きたそうにうずうずしてるのは気づいてたけど、わざと無視してやった。
繭がここに来てからも、オレは一度もこの部屋で夜を過ごしたことがない。
こうやって昼間は帰って来るのに、夜になると必ず家を出て行く。
気にはなっているようだが、繭は気を遣ってか一度も直接オレに尋ねたことはなかった。
「ご馳走様。うまかった」
「…いっぱい食べてくれてありがとうございます」
ホラ、さっきの喜びようから一転。
今は耳と尻尾が垂れた犬のよう。
ホント、わかりやすいコイツ。