第1章 動き出した歯車
何とか誰もいないところに辿り着いたと思ったら、そこはお屋敷の中庭のようなところだった。
自分を探す大人の声が後ろから聞こえて来て、靴も履いていなかったけど足袋のまま庭に降りて、木の影に見つからないように隠れて息を殺した。
しばらくそうしていると、人の気配がなくなった。
わたしは大きな木に背を預けて、やっと我慢せず涙を流すことができた。
それでもあまり声を出すと気づかれてしまうかもしれないので、声を押し殺して泣いた。
「ふぅっ…ひっく、ひっく…」
「おいガキ」
「!」
全く気配を感じなかったのに、気づくとすぐ近くに誰かが立っていて、涙を見られないようにわたしは急いで着物の裾で涙を拭いた。
「さっきからぴーぴーぴーぴーうるせえんだよ」
大きな男の人が、わたしを見下ろしていた。
わたしが出会ったことのある大人の中でもいちばん背が高くて、着物から覗く首や腕はごつごつしている。
まっすぐで少し長い黒髪の隙間から光る目は暗い翠色に見えた。
引き結ばれた薄くてきれいな形の唇には引き攣れたような傷痕。
気配を感じなかったからびっくりしたけど、
なんでだろう、この男の人からは全く〝じゅりょく〟を感じないからか、他の大人とは違ってこわいとは思わなかった。
男の人はわたしの顔をじっと見て。
「…お前か。この家の奴らが当主の嫁にって無理やり引っ張ってきたのは。こんな小せえガキつかまえてよくやるよ」
と、呆れたように吐き捨てた。