第5章 縁(えにし)
腕の中の温かさとほどよい重み、柔らかい匂い、くっついた体から伝わってくるトクトクとした心臓の音を感じていると、なんだか私の瞼まで重くなってきて…。
なるべく男の子の体を動かさないようにして、床に寝転んだ。
この子のだと思うタオルケットがあったから、それを胸の上でくうくう眠るかわいい子に掛けてあげて。
目が覚めたら知らない場所で、かわいい男の子がいて…なんて現実味がなくてなんだか夢見てるみたい。
夢だと思うには、この部屋は生活感に溢れすぎているけど。
いろいろ疑問に思うことがあり過ぎたけど、疲れ切った心と体が悲鳴を上げていて。
腕の中の温もりに誘われて、再び眠りについた。
side 伏黒甚爾
「どういう状況だよ…」
家を出た時と変わらない雑然とした状態の部屋だが、その中心部分だけ異質さを放っている。
ワケあり美少女を思わず家に連れ帰るも全く目を覚ます気配がないから寝ている恵の横にとりあえず置いて、その寝顔を見ながらこれからどうしたもんかと考えあぐねていたところ、馴染みの女から連絡があったのが昨日。
考えても答えの出ない問題を一旦置いて、誘われるがままに女の家に向かった。
それから一日経ち家に戻ってみると、
2歳の息子と名も知らぬ少女が抱き合って眠っていた。
いたいけな顔には不釣り合いなふっくらとした胸に、思いっきり顔を埋めて眠る恵。
(こいつのこんな安心し切った顔、久しぶりに見たな…)
あいつが死んでから、飯とか風呂とか必要最低限の世話だけはしていたけど、オレは子どもに話しかけるようなガラでもないし、恵はまだろくな言葉も喋れねーし、家の中は静まり返ったようだった。
夜は必ず女の家とか馴染みがいる夜の店とかに出かけてたから、恵は一人で眠りについていたはず。
朝方帰ってきてこいつの寝顔を見ると、ガキのくせに眉間に皺寄せた険しい顔で寝てたり、普段泣かないくせに頬に涙の跡があったりすることもあった。
まだ何もわからないガキだと思っていたが、ガキはガキなりに母親がいないという事実に気づいたのかもしれない。
現実をまだ受け容れられないのは、恵よりもオレの方だった。
ギャンブルをしたり女を抱いたり何かで頭を埋めていないと、思い出す。
こんな自分でも人並みの幸せってやつを感じていた時のことを。