第1章 動き出した歯車
おべんきょうの時間が増え、おにいちゃんと遊ぶ時間が少なくなって、わたしは毎日がつまらなくなった。
まだ幼かったわたしは、こんなこともうしたくないと駄々を捏ねた。
そうすると、いつもは優しい両親が
「そんなこと言ってはいけない。
繭はみんなが望む物を持っているんだから」
と怖い顔をしてその時ばかりは甘えることを許してくれなかった。
ある日、母はいつもより機嫌が良さそうだった。
おまじないの力を使えるようになってからは初めて、
「今日はお勉強はお休みにしてお出かけしましょう。用事が終わったら、繭の好きなもの何でも一つ買ってあげる」
と言われて、綺麗な着物を着せられた。
久々のお出かけに嬉しくなった私は「どこに行くの?」と母に尋ねると、「お友達のお家」と言われた。
生まれてからずっと家の中で過ごしてきて、おにいちゃん以外に遊び相手もいなかった私にとって、〝おともだち〟は物語の中だけの存在で。
自分にも〝おともだち〟ができるなんて嬉しくて。
ここ最近ずっと退屈していたわたしは、いそいそと支度をして出かけて行った。
母に手を引かれて辿り着いたのは、初めて来る大きなお屋敷で、中にはたくさんの大人がいて、母の後ろに隠れるわたしをじろじろと値踏みするような目で見ていた。
「おかあさま、ここにおともだちがいるの?」
親戚の集まり以外で人の家に行ったことのないわたしは、緊張と不安から正直もう帰りたくなっていた。
おともだちができるのは嬉しいけど、ここにいる人たちはなんだかこわい。
それに気づいた。
ここにいる人たちは〝じゅりょく〟を持っている人ばかりだということ。
「そうよ。だからお行儀よくしてね。失礼のないように」
案内されて、一際大きな襖の前で止まった母はわたしの方に顔を向けてにこりと微笑んだ。
でも繋いだ手は強く握られていて、思わず踵を返そうとするわたしを許してはくれなかった。
「悟様。樹下家の者です。娘を連れて参りました。」
ここまでわたしと母を連れてきた大人の人が、襖の向こう側に声をかける。
母は襖の前で手を揃えて膝をつき、頭を下げていた。
〝入れ〟という声が部屋の中から聞こえて、わたしの目の前の襖がスッと開いた。