第2章 罅(ひび)※
わたしは相変わらず、黒いわんちゃんのぬいぐるみを抱きしめて毎日眠っていた。
次にあのおにいさんに会えたら、あの時の傷を治してあげたいと思って、呪力の訓練も頑張った。
でも、あの日出会った大きな黒豹みたいなおにいさんは、初めて会った日から二度と会うことはなく。
お屋敷に行くたびにその姿を探して、悟にも聞いてみたけど、悟はなぜかすごく不機嫌になって。
「そんなやつ知らねーよ。うちのやつじゃねーし。次見つけたらぶちのめす」
とか言うし。
単純なわたしは、悟との思い出が増えていくにつれ、いつしかそのおにいさんのことも少しずつ記憶の片隅から、消えていってしまった。
side 五条悟
「はじめまして、繭です。ごとうしゅさま…?おともだちになってくれますか?」
6歳の時、家の奴らが勝手に決めた〝許嫁〟。
大人たちは、俺の術式とそいつの持つ反転術式を併せ持つ子供が産まれたらそれこそ最強の術式持ちだとか、
気に入らなければいくらでも代わりはいるからとか、
みんな勝手なことを口にしていた。
正直、あれやこれや押し付けられるのは大っ嫌いだし、
将来結婚する相手なんて自分で決めるし、
6歳のガキに何やらせてんだよって思ってた。
だから、お前が母親に連れられて〝顔合わせ〟に来た時、本当は「俺はお前なんかいらない」ってハッキリ言ってやるつもりだった。
でも、一目繭を見た瞬間、思わず言葉を失った。
目を奪われるって、こういうことなんだと初めて知った。
母親の後ろから、不安げな表情で出てきて、
でも次の瞬間にはひかえめにはにかみながら、俺に友達になってくれるかって言った繭に、たぶん、俺はこの時〝一目惚れ〟をしたんだと思う。
そんなことは、後にも先にもこの一度きり。
頭に血がのぼって、顔が熱くなって、用意していた言葉も出て来なくなって。
思わず、ひどい言葉をぶつけてしまった。
その時のショックを受けた繭の顔が忘れられない。
あ、傷つけた。
と思った時にはもう時すでに遅し。
繭は泣きそうな表情をしたかと思うと、猛スピードで駆け出し俺の前から姿を消していた。
(やっちまった…)
心の中でどうしよう、どうしようとぐるぐる思考が巡る。