第2章 罅(ひび)※
side 繭
〝ごとうしゅさま〟のお家に行って、大きな黒豹みたいなおにいさんと会ってから、どれくらいの月日が過ぎただろう。
わたしと母は何か行事ごとがあるたびに〝ごとうしゅさま〟のお家に呼ばれて行くことが度々あった。
そのたび〝ごとうしゅさま〟にご挨拶に行ったけど、わたしは初めて会った時のショックがずっと残っていて、怖くてろくにお話ができず母の後ろに隠れていた。
〝ごとうしゅさま〟はいつもたくさんの大人に囲まれてて、面白くなさそうな顔をしてて、わたしはいつまた〝クソ雑魚〟って言われるのかってびくびくしてた。
でも、会って何回目か、母の後ろに隠れたまま小さい声で挨拶をした時、
「…〝ごとうしゅさま〟っていうのやめろ。俺には〝悟〟って名前があんだよ」
「さとる…さま?」
「〝様〟つけんな気色悪ぃ。〝悟〟って呼べ」
いつもはわたしをじっと見たまま何も喋らない〝ごとうしゅさま〟がその日は声をかけてきた。
周りの大人たちはざわついていた。
母も戸惑った様子だった。
「そんな…ご当主様。失礼に当たります」
「コイツ将来俺の…五条家の嫁になるんだろ?かまわねーよ。」
「わたし…」
「〝繭〟だろ」
意外なことに〝ごとうしゅさま〟もとい〝悟〟はわたしの名前を知っていた。
わたしのことなんか全然興味ないと思ってたのに。
「おまえがちゃんと俺のこと名前で呼ぶんなら、しょーがねーから、なってやってもいい…〝ともだち〟」
悟はどこか怒ったようにほっぺを赤くして、ぷいっとわたしから顔を逸らしてしまったけど、単純なわたしは今までのことも忘れて嬉しくなってしまって、思わず笑みが溢れてしまった。
「さとる…おともだちになってくれてありがとう。」
「…っ、俺の友達だっていうからにはもっと強くなれよ。俺は弱いやつなんか友達にいらねーからな」
ちょっと乱暴で。
ちょっと怖いけど。
わたしの初めての〝おともだち〟。
それからわたしたちは、というか一気に壁が無くなったわたしは、お屋敷に行くと〝悟〟〝悟〟とうるさいほど懐いてしまって。
意外なことに悟はそれを許してくれて。
怖かったお屋敷も、悟に会える場所という認識に変わって、遊びに行く日を心待ちにしていた。