第2章 安堵の時
安堵の時(霧)
食事を温め直し、玄関から風呂場までの水飛沫を掃除し、食卓についた2人のお茶でも準備するかとお湯を沸かしていた時、凪に「もうお風呂に入っておいで」と背を押された。
暖かい湯に触れて身体が温まると、急に眠気が押し寄せる。夜更かしが苦手な霧にとって、風呂上がりに日付を越えているなんて、ほとんど経験がない。
心配していたふたりが、廊下で暴れまわるほど元気に帰ってきたから、安心したのだろう。気を張っていた分、余計に疲れてしまった。
うつらうつらとしながら何とか風呂を出て、キッチンで談笑している凪に声をかけるが、引き止められてしまう。
「だめ。髪、乾かしてあげる。風邪引くよ」
半分寝たまま凪に手を引かれて、洗面台の前に座る。ドライヤーの大きな音が耳元で聞こえていても、その暖かさに意識が飛びそうだった。傾いて落ちそうな頭を、椅子の上で抱えた膝に乗せようとした時、髪に触れる指先に、違和感を覚える。
薄らと目蓋を持ち上げて、目に飛び込んだ鏡越しの風景に、「え?」と声が出た。
「しゃけ(寝てていいよ)」
ぼんやりした頭では、視界の情報が処理しきれず、霧はもう一度「え…」と言いながら振り返る。振り返ってみたところで、残念ながら鏡で見た風景と変わらない。ドライヤーを持った棘が、得意気に立っているだけだった。
「な、ん、で…」
「ツナツナ(いいでしょ)」
つなつなって何だろうと思いながら、考えることを諦める。髪に触れる風の暖かさと、優しい指先が気持ちよくて、霧は意識を手放した。