第1章 ひとひらの優しさ
ひとひらの優しさ(霧)
寒い日が続いている。数日前はとても暖かかったせいか、油断して鉢植えを外に出してしまった。やっぱりまだ、室内に入れた方が良さそうだ。夕飯の準備の前に、寮の裏手の庭に向かう。凍てつく寒さは和らいだが、まだ吐く息は白く、肌に触れる空気がひしひしと痛い。
庭に並べて置いてある冬越しのプランターの横、両手サイズの鉢植えの前で膝を付く。「少し寒かったね」と声に出して、剪定されたレモングラスに触れると、ひんやり冷たい空気の中に爽やかな香りが混ざっていた。
両手で水受けをしっかりと支えて持ち上げる。ふかふかの土だから、見た目よりは重くないかと、お腹と両手全体で抱きかかえた。
「おかか!(重いから、だめ!)」
「わぁっ」
突然伸びてきた手が、鉢植えを、さも軽そうに攫って行ってしまったから、驚いた声が出る。言葉はおにぎりの具だけれど、おかかは否定。狗巻棘だ。
「ツナマヨ?(戻すの?)」
「まだ、寒かったから、縁側に…」
呆気に取られたまま、霧は鉢植えを手放した。当たり前のように鉢植えを持った棘が、「しゃけ」と言いながら歩き出してしまったから、霧は小走りで棘を追いかけた。
寒さに弱いレモングラスは、冬になる前に地際で剪定されている。収穫したたくさんの葉は、乾燥した上で冷凍保管されているが、霧が高専に来るまでは、あまり使われていなかった。だから、冷凍庫にたくさん余っている。
「レモングラス、たくさんあるから、ハーブティーにして飲みましょうね」
戸惑う棘の背中が「えっ?」と身構えた。多分、数日前に酷い声で帰ってきた棘に飲ませた『ハーブティー』を思い浮かべたのだろう。あれは喉痛特製ブレンドだ。味も効き目も、すごい。「レモングラスは美味しいんです」と霧は笑った。