第1章 ひとひらの優しさ
ひとひらの優しさ(狗巻棘)
「少し寒かったね」
優しい声が聞こえた。冷えた空気の中に、ふわりと響く声だ。
彼女が高専に保護された時から、その声の揺らぎが気になって仕方なかった。それが呪力だと気付いた時には、呪言ではないと分かっているはずなのに、全身が寒気立った。それは言霊ではないと、棘自身に言い聞かせる。
小さな身体で重そうに鉢植えを持ち上げた霧に、棘は思わず手を出した。「わぁ」と驚く彼女から、鉢植えを回収する。
「ツナマヨ?」
「まだ、寒かったから、縁側に…」
優しい、声だ。
大丈夫。
地際で剪定され、刈り取り後の稲のようになってしまった鉢植えだが、これで冬越しするらしい。秋にばっさり切られた時はもう捨てるのかと思ったが、そうではなかった。
棘を追いかける足音が、棘に並ぶ。
「レモングラス、たくさんあるから、ハーブティーにして飲みましょうね」
ハーブティーと聞いて、びくりと肩が震えた。数日前に飲まされた『ハーブティー』はとんでもない味だった。鼻から抜ける香りの冷涼感と、草を煮出した味を飲み込むと、血の滲む喉を端から端まで殺菌消毒するような喉ごしを感じる、アレだ。確かに効いた。いっそ喉薬を飲むよりは健康的だと思ったが。
身構える棘の表情を覗き込んで、霧は「レモングラスは美味しいんです」と笑う。
「今日の夕食は、レモングラスと生姜のローストポークにします」
いい事を思いついたと言うように、彼女は今日の夕食のメニューを考え始めた。それなら美味しそうだと、棘も嬉しくなって笑う。今日の夕食が、一際楽しみになった。