第6章 花と恋
花と恋(伏黒恵)
熱くなったコンロを覗き込もうとする凪の肩を慌てて掴んだ。炎が上がっている訳ではないが、火のついた炭の上は、かなり熱いはずだ。
驚いたように見上げる彼女の顔が思ったより近くにあったせいで、恵は両手を上げた。咄嗟のこととはいえ、迂闊に触れてしまったことに対して「悪い」と謝罪する。
大事にしたい。それだけの事が、最近うまくいかない。
「伏黒くんは、あの時、どうしてキスしたの?」
まるで答え合わせをするような口調に、「体が勝手に」と言い訳のような言葉が滑り出た。違うと、恵は奥歯を噛む。伝えたいのは、そんな言葉じゃない。
「俺が強くなって守れるようになってから、ちゃんと言いたかった。大人になるまで待ってくれとは言えた義理じゃねぇけど…」
大事にしたい。伝えたいのは、それだけだ。
正味、待ってくれていなかったとしても、凪が幸せなら、それでいい。だから、泣かれると、どうも我慢ならない。
「へぇ」と笑う彼女が、恵の答えに納得したのかどうか、分からなかった。ただ伸ばされた手が、恵の頭に乗った桜の花びらを拾っていったから、ありがたく屈む。
その時、口に柔らかなものが触れた。それが彼女の唇だと気付いた瞬間、慌てて体を引こうとしたが、胸倉を掴まれた驚きで、それも叶わない。されるがままにもう一度、唇が重なる。
顔が熱くて、何も考えられない。喜びと混乱が一緒にやってきて、パニックになった頭の中を突散らかして回る。
「待ってるのは、性に合わないから」
晴れやかに笑う凪とは対照的に、恵はしゃがみ込んで頭を抱えた。もうずっと、彼女に振り回されてばかりだ。