第6章 花と恋
花と恋(凪)
桜が咲いた。
暖かい日が続いたから、桜もきっと喜んでいるのだろう。陽当たりの良い木から、一斉に咲き始めた。その風景には、流石の凪も、心が躍る。
「ここでいいか」
昼前からバーベキューコンロを組み立てていた恵が、今度はレジャーシートを広げている。仏頂面に変わりはないが、意外と楽しんでいるのかもしれない。買い出しから戻った先輩たちの荷物を運んでいた凪から、当たり前のようにその荷物を受け取っている恵に、凪は笑った。
準備の終わったコンロを覗き込む凪の両肩を恵が掴む。「熱いぞ」と焦った恵の声に驚いて見上げると、目が合った瞬間、その手はパッと離れていった。恵は罰が悪そうに両手を上げて目を逸らす。図ったようなタイミングで桜の花びらが彼の頭上に落ちてきたから、凪は吹き出してしまった。
「小さい子じゃないんだから、大丈夫」
抱きしめて、キスまでしておいて、これはどういう反応だろうか。「悪い」と凪を伺う表情に、悪戯心が芽生える。「伏黒くんは」と話し始めると、彼はやっと両手を下ろした。
「あの時、どうしてキスしたの?」
「あれは、体が勝手に…」
いや違うと、目を伏せた彼の逡巡を待つ。
「俺もアンタも、普通の家庭じゃないから、俺が強くなって守れるようになってから、ちゃんと言いたかった。大人になるまで待ってくれとは言えた義理じゃねぇけど…」
『クソ』が付くほど真面目な言葉に、同意半分、呆れ半分。それを聞いて、凪が大人になるまで待っているとでも思ったのだろうか。
「大事にしたいけど、泣かれると、正直俺も我慢しきれねぇ」
そうか我慢してたのかと、凪は口角を上げた。それなら凪だって、考えがある。
一歩踏み出して背伸びをすると、恵の頭に引っかかっていた花びらに手を伸ばす。怪訝な顔で少し屈む彼に、口付けた。驚いて後ずさる恵の胸ぐらを掴んで、もう一度キスをする。
「待ってるのは、性に合わないから」