第3章 伏黒Eats
伏黒Eats(伏黒恵)
帰り道、見かけた飲食店の看板に、凪の「スタバ飲みたいなぁ」という声が、頭の中で蘇る。物のついでだと、電話をかけた。たっぷり10回のコール音の後に聞こえた「もしもし」は、思った以上に不信感溢れる声音だった。
「今スタバにいるんだけど」
続きを言う前に、息を吸う音が聞こえる。電話越しにも関わらず、彼女が喜ぶ姿が目に浮かぶようだった。
「お前、何か欲しいって言っ…」
「トールバニラソイアドチョコレートソースダークモカチップクリームフラペチーノ!」
恵の言葉に食い入る呪文が耳を貫いて、声が詰まる。祝詞の一種か何かかと、脳内の知識を一周してから現実に戻り、出てきたのは、「は?」という一声だった。霧の同情も相俟って、もう一度聞こえた呪文を聞き流し、恥を忍んで店員に頼み込む。
「呪文みたいなんで、スピーカーにしていいですか」
自分で言えと凪にも念を押してからスピーカーに切り替えると、3度目の呪文が流れた。店員が聞き取ってくれて良かったと、胸を撫で下ろしながら、他にいるものがないか聞く。当たり前のように霧に振るが、二倍喜ぶ姿を想像すると、やぶさかではない。
「…いちごの何か、ある?」
いちごの何かとは一体、と思いながらメニューを見渡すと、『期間限定!ストロベリーベリーマッチフラペチーノ販売中』の文字が飛び込む。これだと指を差しながら店員を見るが、どう見ても二種類あるそれの、色以外の違いが、分からない。「甘い方!」という恵では推し量れない指標が聞こえてきたせいで、いよいよ頭を抱えた。
「これ、どっちが甘いですか」
恵の一生で、一度も使ったことのない台詞だった。