第3章 伏黒Eats
伏黒Eats(凪)
天気の良い土曜日の昼下がり。晴れている間にと、凪は慌てて洗濯をしていた。布団も干した。窓も拭いた。
「凪ちゃん、電話」
テーブルの上に置きっぱなしだった凪の携帯電話を持って、霧が縁側から顔を出す。一定間隔で震える携帯電話が表示する『伏黒恵』の名前に、驚きよりも不審が勝り、スピーカーで応答した。
「今スタバにいるんだけど」
恵の「お前、何か欲しいって言ってなかったか」と続ける言葉を、食い気味どころか、途中で遮る。
「トールバニラソイアドチョコレートソースダークモカチップクリームフラペチーノ!」
長めの沈黙の後、電話の向こうの「は?」という恵の声と、霧の「凪ちゃん、それはちょっと可哀想だよ」という呆れ声が重なった。それにもめげずに、もう一度、呪文を唱える凪に、恵のため息が答える。
「…悪い、スピーカーにするから、自分で言ってくれ」
数えて3度目の呪文で、注文が通ったようだ。めでたく、電話越しに店員の「かしこまりました」という返事が聞こえた。両手を上げて喜ぶ凪に、「他なんかいるか」と平静を装う恵が言う。
「霧ちゃんは!?」
「…いちごの何か、ある?」
「いちご?…あるな。全体的に赤いのと、全体的に白いの、どっちにする」
両手を上げた霧の「甘い方!」の答えに、「どっちが甘いですか」と、いよいよ恥ずかしそうに尋ねる恵の声は、その姿が想像できるようだった。
「切るぞ!」
勢い良く切れた電話に、ふたりは目を見合わせて笑った。