第15章 紫の薔薇
「あのー、透くん……?」
なんとか俺がそう問えば、眼下の透くんが目を丸くする。
「何か、おかしいですか?」
その顔や言い方があまりにも子どもっぽくて、そうか、時々透くんが可愛く見えるのはこのせいだったと気が付いた。っていやいや、今はそんなことに関心している場合じゃなくて。
「この花は、何かな……?」
「紫の薔薇です」
「そ、れは、分かるんだけどね?」
「引っ越し祝いも込めて花束を」
「ああ、そういうこと」
俺はとりあえず納得することにした。透くんの言い方は少し気になるが、次の言葉を待つ。
透くんは気を取り直して姿勢を正し、紫の薔薇の束を掲げながら、俺に向かって差し出した。
「ずっと、好きでした。気持ちだけでも、お伝えしたくて」
このシチュエーションにぴったりな言葉。ドキリとした俺の心臓は、驚いたからだと思いたい。俺は花束を受け取るか躊躇った。
「そのー、でしたって言うのは?」
意地悪な質問をする。透くんはこちらを見上げていたが、質問した途端に瞬きが多くなり、やがて顔を逸らして呟いた。
「現在進行形だと、貴方が困りますよね」
俺はその反応で、全てを察した。
透くんはいつだって、俺の嫌がることをやったり言ったりはしなかった。だが、この言葉だけは透くんのワガママなのだというのは、さすがの俺も分かった。
「あのさ」俺も膝をついて透くんと目線の高さを合わせた。「こういうのははっきり言った方がいいんじゃない?」
再びこちらと見つめあった透くんの顔は真っ赤に染まった。掲げていた花束を支える腕の力が抜けたように下ろされ、花びらが数枚散った先に見る透くんは不覚にも可憐だと思ってしまった。
ここでようやく、透くんはファンとして俺を見ていたのではなく、性的な対象で自分を見ていたのだと俺は知った。そして、自分の気持ちにも。
「好きです、ぼんさん」
真っ直ぐに貫く透くんの目はいつも以上に俺を見つめている気がした。思えば透くんのその凛とした声は落ち着くし好きだ。
「ありがとね。俺も……好きかも」
透くんの瞬きが多くなった。それから感極まって俺に飛びついてきて危うく倒れるかと思った。
「ちょ、透くん……?!」
「ありがとうございますありがとうございます……」
透くんは俺の肩の中で男泣きした。