第13章 恐怖と勇気
「やっぱ俺が片付けるわ」
と台所に近付くと、透くんはすでに使いっぱなしだったその他の洗い物に洗剤をつけ始めていた。え、洗ってくれてたのと俺は驚いてふと気付く。
これって警備員がやることか……?
「あの、透くん……?」
「なんですか?」
「他のも洗えとは言ってないんだけど」
「俺がしたくてやっています」
透くんの珍しい「俺」の一人称。透くんは時々、一人称が「俺」になることがあった。普段は「私」なのに。
透くんが初めて自分の前で「俺」と言ったのは退院したあとに家に来た時だった。契約を伸ばすと言った時、透くんは「俺、嬉しいです」と言ったのが妙に印象的に残っていて。
つまりこれは、透くんの意思でやっていることなのだと推測した。仕事上の透くんではなく、俺の家に居候している、一人のファンとしての行動だと。
「ありがと。でもそこまでやらせるのは申し訳ないよ」
ドズルさんに怒られるわ、なんて適当なことを言って手を伸ばせば、透くんの腕にぶつかってしまいごめんと小さく叫ぶ俺。だが、透くんはもっと驚いていて、食器を洗っていた手が止まって不思議だなと見上げる。
透くんの瞼が何度も瞬きをしてこちらを見つめ返していた。俺と目が合うとより大きく見開いて、それからすぐに顔を背けられてしまった。
「す、すみませんっ。動揺してしまって」
「いーよいーよ。あとは俺がやるから」
俺は半ば強引に透くんの前へ割り込んで食器洗いの仕上げを済ませる。洗うものは少ないのですぐに片付くが、透くんが隣から動かない。
あのー、透くん? 俺は自分より背の高い彼を見上げた。
「やっぱり、私情が絡んでしまって、緊張します……」
途切れ途切れに紡がれる透くんの言葉。あー、なるほど。そういうことか。