第13章 恐怖と勇気
「こっちはまだ触ってないから、こっちから食べていいよ」
「ありがとうございます……」
俺は自分が箸をつけたところと真反対側を指した。そこに透くんがあまりにも恐る恐る箸を伸ばすものだから、ちょっとからかいたくなったのだ。
「ちょ、ぼんさん?!」
俺は自分の箸をわざと透くんのそばまで近づけた。透くんはあからさまに驚いた様子で箸を引っ込めるものだから思わず笑ってしまう。
「ごめんごめん」
俺は箸を置いてからかうのはもうやめた。透くんはそれに安心したのか一口だけキムチを食べて美味しいですと丁寧な感想を漏らす。
「でしょ? 結構いいやつなのよ」
「確か、いつだったかの配信で食べていましたよね」
「覚えてたの?」
俺が雑談のつもりで振った話からそういう広がり方をして今度は俺が驚く。なんで透くんには、一つ言うと一つ驚くことを返されるのだろう。もしかしてドズルさんタイプか? だったら敵わないぞ、透くんには。
いや、敵ったところでどうするんだ。そもそも透くんは警備員なんだし、力で勝つはずがないだろう。って、俺は何を考えているのか。
「ぼんじゅうるさん?」
「あー、いや、なんでもないなんでもない」
俺は嘘が下手だろうが、透くんは疑うことなくそうですか、と箸を置いた。話を変えようと、俺は先程の事故の件はどうなったのかと透くんに訊ねた。
「運転手は高齢の方でしたが、幸いにも目立った傷はありませんでした。一応、救急車に運ばれて、俺は警察に事情を聞かれて帰ってきました」
「お疲れ様、ありがとね」
「いえ、大したことないです」
会話はここで終わってしまった。俺はもう一口キムチを食べ、片付けていいかと聞くと、私が片付けますと透くんが立ち上がった。
まぁやってくれるならと片付けを透くんに任せるが、あれを見た後だからか俺はどうも落ち着けなかった。煙草を吸うにも今は台所に透くんがいるし、仕方なくスマホで麻雀アプリを開くが、どうもやる気が起きない。意味もなく行ったり来たりし始めた俺は、どうしたのかと不審そうにこちらを見る透くんと視線がぶつかった。