第4章 鉄血と血と(1話)
「ティフェ」
三日月の声に足は止めずに振り返る。汗ひとつ流していない彼が涼しい顔をして後ろから走ってきた。昭弘の姿はない。
『昭弘は寝た?』
「うん。明日も早いしもう寝よう」
『はーい!』
くるっと旋回して三日月の元へ戻ると自然と隣に並ぶ。
『明日、楽しみだね』
「何が?」
不思議そうにコチラを見下ろす三日月。明日はお姫様が来て、明後日には地球へ出発する。三日月は変わらない様子。楽しみじゃないのかな?シノに関してはキラキラした目をしていた。
三日月は興味無いのかな…
『お姫様がいい匂いなのか、検証出来るね』
シノが言っていたことを思い出して笑う。
「どっちでもいいよ」
三日月は視線を私から建物へ向けた。つまらない。お姫様は好みじゃないのかな…なんだか引き下がりたくなくて、また口を開く。
『ええー。いい匂いなら、花とか分けてもらおうと思ったのに』
頬を膨らませると三日月が足を止めたのでお互い立ち止まる。三日月と目が合った。
「ティフェはいい匂いだから花なんて要らない」
三日月は欲しい言葉をいつも言ってくれる。そんな彼に笑いかける。
『おだてたって何も出ないからね』
昔は細い三日月に食べ物を買い与えていたが、今ではよく食べるようになった。育ての親のご機嫌を撮るところもさすが三日月だ。
三日月の長い指がティフェの赤い髪を捕まえてスルっと自身の口元へ運ぶ。少しの間、目をつぶってゆっくり開くと青い瞳が細められた。
「ティフェはいい匂いだよ」
真っ直ぐな瞳にドキッとする。少し下がって三日月の唇に触れそうな髪を救出して赤い顔を隠すように反論する。
『ミカも太陽みたいな匂いするよ』
お日様のような優しい匂い。素直に伝えたつもりだが彼は首を傾げた。
「それってどんな匂い?」
『ポカポカする感じ』
「じゃあ、ティフェも同じだね」
『私って太陽の匂いなの?』
「太陽っていうより… ティフェの匂い」
自分の匂いはわからないのだ。
『それじゃ分からないよ』
可笑しくなって笑うティフェをじっと見つめる三日月の視線は柔らかい。前世と違うのはずっと親しい家族がいる事だった。