第2章 何度も夏を繰り返し
棘は怒っていた。だから、雅を毛布でぐるぐると巻いて寝かせた。ついでに棘も巻きついて、「こなきじじい」よろしく重石代わりにしがみつく。呪力が少ない時期に呪霊と出くわす状況って何だ。
せっかく背は追いついたのに、雅は棘を置いて来年から学校に行くのだという。それも、寮だ。側にいたいだけなのに、色々な感情が湧いては、嫌になって目を逸らす。とりあえず物理的に捕獲してみるが、胸の痛みは消えなかった。
しかしそれも束の間、悟が持ち込んだ西瓜に懐柔されてしまう。切り分けられる西瓜の、景気の良い音は、夏を感じさせる。音に釣られて椅子に座ろうとすると、悟が西瓜を片手に縁側へ消えていった。雅も台所でそのままつまみ食いを始めてしまう。
「三級程度の呪霊に見えましたが、勝ちを急ぎすぎました」
同感だと思いながら、棘は西瓜に手を伸ばした。悟と雅の反省会は、いつだって雅が意見を述べるだけだ。悟の脳内に「反省」という選択肢は存在しないが、雅は真剣に反省している。理論的な部分は似ているように見えて、性根は正反対だ。
そう考えながら西瓜にかぶりついたせいで、口の両端から、汁がポタポタと溢れた。このままジュースにできそうなくらい甘い果汁が、顎から滴り落ちる。
「甘くて、おいしいね」
両手で西瓜を持つ棘の顔を、彼女は断りもせずに拭いている。また子ども扱いだと思いながら、雅の手を受け入れてしまう。いっそ彼女がこのまま棘だけを見ていればいいのにと、芽生えた感情を無視できなくなっていた。
「蛇の目の呪印は、棘を守る大切な魔除けのお守りだから、大切にしてね」
そう言って、顔を拭くついでに、優しい手が頬を撫でていったから、口の中の西瓜がもっと甘くなった。