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【呪術廻戦】幾重の夏に

第2章 何度も夏を繰り返し


帳の気配に、棘は家を飛び出した。かなり近い。塀を飛び越え、土手から滑り降りると、目視できる程に。

入る者を拒まず、しかし呪力を持つ者を出さない帳。雅の呪力で作られたそれは、棘のよく知った形をしていた。大人の付き添いのない呪霊討伐は経験していないが、雅の身に危険が迫っていることに、間違いはない。蒼の気配がする。

雅の呪力は、悟とよく似ていたが、その性質を異にしていた。悟が空なら雅は海だ。

空気の粒をひとつひとつ操る悟とは対照的に、雅は、溺れそうな程の濃い呪力で包み込んで操る。そして、潮が満ちて引くように、彼女の呪力は周期的に増減を繰り返す。

今は、引潮の時だ。一度の術で尽きる程度の呪力しかない。

並木の隙間から雅の姿が見えた時、全身の血が沸騰する。反射的にマスクを掴み取り、呪印の刻まれた口元を曝け出した。周囲の景色が急速に色を失い、総ての意識が前方に向かう。

その人に触れるな。

「潰れろ」

不快な音を立てて現れた「それ」は、更に耳障りな悲鳴を上げて潰れていった。すでに倒壊していた廃屋と折り重なるように、歪にひしゃげて、消える。払ったか。

ふっと掻き消える帳と一緒に、雅の身体が傾ぐ。膝から崩れる彼女を、慌てて正面から抱き留めた。棘の腕の中で浅い息を吐く雅を呼ぶ。

「みやび」

弱々しい瞳が棘を捉えると、雅は驚いたように目を見開く。棘がもう一度名を呼ぶと、大丈夫だよと、余り大丈夫には聞こえない声色の返事が返ってくる。

「泣かないで」

言われて初めて、目から溢れる雫に気付いた。

「棘は、優しいね」

疲労で掠れた雅の声に、首を振って答える。たぶん、この涙は、優しさじゃない。彼女が思うより、ずっと醜いものだ。

先刻までそこにいた三級呪霊なら、彼女の力で十分削れていた。分かっていたのに。雅を失いたくない、触れられたくないという思いだけが先走る。恐怖にも似た、薄気味悪い感情。

それに気づかない振りをしながら、棘は雅を強く抱きしめた。
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