第2章 何度も夏を繰り返し
あれから何度も季節は過ぎたが、あの夏を忘れる事はなかった。白髪サングラスの怪しい男が「今日から君はコッチの人間だ」と言って、雅の首根っこを捕まえ、五条の屋敷に連れてきた。悟の伯母に当たる人が、雅の母らしい。
らしいというのも、全て悟から聞いた話に過ぎず、確証はない。ただ、悟に呪術を習う過程で、悟の真似事をするのが一番しっくりくるせいで、身の内に流れる『五条の血』の濃さを実感する。
最も、雅自身、出自がどうあろうと、親元に帰るつもりはない。今思えばの話だが、酷い扱いだった。母は五条の術式に縛られる雅を持て余し、座敷牢に捨て入れた。優しい両親の記憶はない。呪力が溢れて暴走すれば封印され、逆に尽きれば絞られた。食事なんて日に一度あれば良い方だった。
「術式順転 蒼」
吸い込め、圧力を上げろ、押し潰せ。
周囲の廃屋を巻き込みながら呪霊を払う。
なんて無様なんだろう。悟の真似事をしたところで、呪力の性質が全く異なっていて、別物になってしまう。重くて、不恰好で、不完全だ。悟という完璧なお手本があるにも関わらず、模倣すら不能な出来損ない。
山状に潰れた「蒼」が、地面に這いつくばって横たわる。暴力的に呪力を掻っ攫う代わりに、無数の呪霊が消えていった。ただひとつ残るのは、二級、良くて三級。逃げるか、その余裕はあるだろうか。
三級呪術師相当と評価される雅には、いささか荷が重い。相手が三級程度であることを願い、廃屋ごと崩壊させる。霧散する蒼の跡に、酷く歪んだ建物が残っていた。立ち上がりませんようにという祈りも虚しく、瓦礫からガラガラと音を立てて、それは姿を現す。
ため息を吐きながら、ホルスターから拳銃を取り出す。もう呪力は底をついていた。よりによって呪力が乾いている時期に、こんなものに出会すなんて、ついてない。
瓦礫の隙間、それの頭らしき部分に照準を合わせる。苦手な体術に持ち込まれる前に、削っておきたい。指が引き金を引こうとしたその時、酷い耳鳴りに手が止まる。
「潰れろ」