第1章 初めての夏
「ふたりとも、来年から学校はどうしようか」
目前に迫る義務教育の荒波に、悟は尋ねた。目の前の幼児たちが、小学校に夢を持っていたら、どうにか通わせる手段を探さなければならない。
机に向かって筆を走らせながら、雅は酷く呆れた声で悟を呼んだ。
「私、今年で9つです」
いくら身体が小さいからといって、幼児に間違うなんて酷いと、悟を見もせずに、雅は口先を尖らせる。情けない声を出しながら壁にもたれる悟を尻目に、棘は首を傾げた。
「がっこ?」
雅の袖を掴んで様子を伺う棘に、雅は筆を置いて、向き直る。同じ年のお友だちと勉強するところと説明するが、それは棘の欲しい答えではなかったようだ。袖を握る拳に力が篭る。
「私は、人が多いところはまだ怖いから、学校には行けないかな…」
真っ直ぐな瞳で見つめる棘から、雅は目を逸らした。呪力が不安定な雅は学校に行けず、専任の教師を呼んで授業を受けている。一般人の多い学校では、有事の際に誰かを巻き込む可能性が高いという、本人の意向だ。学校という大集団に恐怖を抱く精神状態では、呪力の暴走を招きかねない。
「みやび」
棘は、拙い声で雅を呼ぶ。彼女が小首を傾げて「なぁに」と返事をすると、棘はもう一度雅の名を呼ぶ。いつの間にか、袖を掴む手は両方になっていた。
「私と一緒に勉強する?」
菖蒲色の瞳がキラキラと輝いて、棘は「ん」と頷いた。