第3章 離れ離れの夏に
棘の髪を一通り梳かしてから、互いの身体中の草を払う。どこで引っ付けてきたのか、綿毛まで絡まっていた。草っ原で転げ回るなんて何年振りだか分からないが、笑いすぎてあちこちが痛い。
「ツナ」
植物の茎のように、すらりとよく伸びた指先が、雅の髪を絡め取る。少し会わない間にすくすくと伸びて、いつの間にか、棘を見上げるようになっていた。当たり前のように額に落とされるキスは、未だに慣れない。どんな顔をして受け入れていいのか分からず、胸が苦しくなってしまう。
「おかか?」
首を傾げる棘の腕の中に滑り込んで、彼の肩に額を乗せる。「だめじゃないよ」と言ってから、どんな言葉を選べばいいのか、悩んでいた。
「怖いの」
彼の腕の中は、暖かくて、幸せで、怖い。
色々な事を考えていたはずなのに、その全てがどうでも良くなりそうだった。このまま、時が止まればいい。随分前に同じことを言って、棘を怒らせた。それでも、願うことをやめられない。割れ物のように雅を撫でる彼の手の暖かさに、家とか、血筋とか、社会とか、全ての柵について、考えていたものを放り出しそうになる。
心配そうに雅を抱く棘の腕に、力が篭る。上手く伝えられるだろうか。この喜びも、不安も、言い表せる言葉が見当たらない。
「棘、好きだよ」
好き、と重ねて小さく囁く。何度言っても慣れない言葉に、相変わらず、心臓がギュッとして胸が痛い。
「傍にいてね」
できればずっと。
縋り付くような懇願に、棘は雅の首筋に顔を埋めて、「うん」と囁いた。