第3章 離れ離れの夏に
「棘、帰ろうか」
校庭の上から、悟の声がする。
「おかか!」
食い気味に否定する棘に、雅は苦笑した。悟は卒業生、棘も入学予定ではあるが、今は部外者だ。理由もなく長居はできない。拗ねる棘に、悟は「仕方ないな。寮に住んじゃおうか、楽だし」と軽く口走る。棘も「しゃけ!」と話に乗ってしまった。
やれやれと肩を竦める雅に、棘も悟も本気だと言い募る。
「僕ね、ここの先生になるんだ」
当たり前のことのように、悟はそう言った。さも当然といった口ぶりと、内容のギャップのせいで、雅は言葉の意味を理解しかねる。「えっ」と息を飲む雅に、棘はニンマリと笑って「すじこ〜」と口ずさんだ。
すごく嫌という気持ちと、とても嬉しいという気持ちが、いっぺんにやってきて、心がぐちゃぐちゃになる。
「棘だけ置いてってくれたらいいのに」
五条家に収まりきらず、高専での悟の我儘放題を想像して、巻き込まれる未来が見えるようだった。ただでさえ、近くにいる大人が悟だけだというのに、棘の成長に悪影響だ。彼の素行の悪さは、全部、悟のせいだと決めつけている。
今思い出したかのように「そうそう」と悟は取って付けた。
「前みたいに、棘に勉強教えてあげてよ。ちょっとヤバくてさ」
ちょっとヤバい成績をなんとかするのが、教師の役目ではないのか。絶対に教師に向いてない人を前に、雅は半眼になる。そのまま勉強をサボり散らかしたらしい棘を見ると、彼はそっと目を逸らした。