第3章 離れ離れの夏に
「姉弟喧嘩で、飛び出した先に呪霊がいたんだって」
そんなまさかと、何度か聞き返した事実を、棘に話す。当たり前のように隣に座る彼の肩に、頭を乗せた。姉弟喧嘩なんて、したこともなければ、想像もできない。悟と雅では、喧嘩にすらならなかった。
「こんぶ?」
伺うように雅を見る棘に、「どうやって」と返す。棘と雅だって、喧嘩になることは想像できない。そもそも、雅自身が、喧嘩に向いてないのではないかと、思い当たる。生きるのに必死で、怒るとか、笑うとか、あまり考える余裕がない。
不意に、悪い顔をした棘と目が合う。これは何かを企んでいる顔だと、思った時には、雅はたんぽぽの中に押し倒されていた。そのまま脇腹に手を突っ込まれ、くすぐられる。
「ちょっ…まっ…ふふっ」
我慢できずに笑い声を上げる雅を面白がって、棘の悪ふざけはエスカレートしてしまう。ふたり草っ原をゴロゴロと転げ回って、笑い声を上げる。高専中に響き渡るような平和な声だ。
お陰で、通りかかった猪野が、引き攣った顔でこちらを見ていた。
「えっ…雅…?」
猪野の声に、棘の手が止まる。その手を逃れて、やっとのことで起き上がる雅は、草やら花びらやらに塗れていた。
その姿に、猪野が吹き出し、棘は慌てて雅にまとわり付く草を払う。しかし耐えきれないと言わんばかりに、猪野は輪をかけて笑い始めた。
「お前も…お前もだよ」
見れば棘にも草だか枝だかよく分からないものが絡みついている。「ほんと、草まみれ」と雅も棘の髪を梳かした。
ひと仕切り笑う前に、猪野は担任に呼ばれ、逃げて行く。一瞬振り返り、「彼氏も、可愛いタイプ!」と恥ずかしい台詞を吐いて行ったので、雅は赤面せずにはいられなかった。