第3章 離れ離れの夏に
時は遡り、初夏。
同期・猪野と雅は、伊地知に連れられ、廃トンネルの前に立っていた。老朽化が進み、今にも崩れそうな斜面の奥から、轟々と風の音が響いている。
「行方不明者2名、いずれも工事関係者です。地滑りで危険と判断された廃トンネルにフェンスを取り付けた日から、連絡が取れないそうです」
フェンスを付けたことで、境界が生じたか。暗がりの奥に蠢く呪いの気配を感じる。
「4級呪霊相当。猪野くん、行ってみる?」
4級呪術師として入学した猪野を煽ってみると、意外にも「大丈夫なのか?」と真面目な返答が返ってきた。雅の見立てでは、猪野でも十分払える程度。彼はここ数か月の実戦でかなり力を付けたはずだが、相手との力量差が測れない状態では、危険か。
「同格なら、心の強い方が勝つかな」
「やる」
煽ると乗ってくる。そういう質だと思っていた。「バックアップします」と伝えると、「ゴージャスなバックアップ〜」と調子に乗る。数か月だが、猪野の性格は掴んだような気がする。
「帳は不要そうですね」
トンネルの状態を見て、伊地知は言った。雅もそれに同意する。まだ新しい針金のフェンスを越えると、冷やりとした空気が纏わりついた。
「お気をつけて」
真面目な顔の伊地知に見送られながら、フェンスを閉じると、より一層空気が冷える。金網の隙間から差し込む筈の光が、途切れた。
帳にも似た、境界内。
ぞくりと肌を滑る冷たい風を浴びて、雅は用意していた紙の人型を、暗闇の中へ次々と飛ばす。呪力に反応して燃え落ちる灯りで、それの輪郭が見えた。
猪野が帽子に手を掛け飛び出した時、視界の端で何かが動く。
人だ。