第3章 離れ離れの夏に
「雅って、五条さんと結婚すんの?」
同期の馬鹿馬鹿しい質問に、雅は思わず額に手を当て、盛大なため息を吐く。想像するだけで、最低な気分だ。
「絶対いや…」
確かに風除けにされている感覚は否めない。頭角を現す「五条悟」は、五条家からも、呪術界からも、子女を期待されていた。当人にそのつもりは無くとも、五条家の術式を持つ雅を引き取った時点で、「そういうこと」と捉えられて、周囲の勢いは落ちる。
それを覆す力が必要だ。雅が拒否している間は、悟も強硬手段に出るつもりもなさそうだが、突然「ごめんね〜糞ジジイ共が煩くて〜」と言いながら事に及ぶ悟は、想像に難くない。
思い浮かべただけで、鳥肌がぞわぞわと、全身を滑る。「イケメンじゃん」と軽々しく言い放つ同期を、雅はじっとりと睨みつけた。その視線を物ともせず、彼は食い下がる。
「彼氏とか、いんの?」
そうか、これは恋バナだったのかと、その言葉で気付いた。雅の知っている結婚への感性は、どうやら世間と大きく乖離しているらしい。
改めて「彼氏」と言われて思い浮かべた顔に、心臓が飛び跳ねる。そもそもアレは彼氏だろうか。好きだと言った記憶はあるが、付き合おうなんて将来を誓い合える余裕はなかった。ただ一方的に襲われていたような気もするし、それが嫌ではなかったのも事実だ。
顔を背けた雅に、同期はニンマリと笑い返した。
「いるんだ…写真とかある?どんな奴?」
身を乗り出して、根掘り葉掘り暴こうとする同期から逃げるように、雅は身を捩る。
「もう、怪我しても家入さん呼んであげない!」
それは嫌だと、同期は椅子に戻った。机に突っ伏して真っ赤に染まった顔を隠す雅を笑いながら、彼は「そのうち紹介してね」と上機嫌に言った。