第2章 何度も夏を繰り返し
「はい、ちょっとストーップ!!」
ベリベリと剥がれる音が聞こえそうな勢いで、棘が離れて行く。気づけば、棘は、母猫に運ばれる子猫のように、首根っこを捕まえられ、悟の手からぶら下がっていた。
家の中で、まさか呪言の気配を感じるとは思わず、慌てて駆けつけたといった所か。お仕事中にご苦労様である。申し訳なさと恥ずかしさで、顔を上げられない。
悟の呆れた声が、雅の溶けた頭に響き渡る。
「棘、こういうのは、僕にバレないようにやってよ」
素直に「しゃけ〜」と返事をする棘に、雅は耐え切れず、両手で顔を覆った。顔から火が出るとはこのことか。
「雅も、あんまり男の子を煽らないようにね」
「ハイ…」
私が悪いのか?と崩壊した思考回路で考えを巡らすも、何の答えも出なかった。辛うじて出た返事は、掠れて情けないものだった。
この家にいて、分かったことがある。
五条家には、悟以外に突出した術師がいない。他家から連れてこられたとは言え、雅に期待される役割は、相伝の「継承」ただひとつだと察することができた。
五条家の血を継ぐものを産むことが、雅の未来だと、心のどこかで決めつけていた。母と同じ道を行くのだと、選ぶことを放棄していた。
棘はどう思う?
悟にバレなければいい?
私が選ぶの?
蕩けてぐずぐずになった思考は、がらがらと音を立てて崩壊する。混濁した意識と無意識の果てに、ぐちゃぐちゃになった心が散らかっていた。