第3章 それは悲喜交々とした恋の歌
そうしてやっと、ベリアンが顔を上げて私を見た。その瞳は、見たこと無い程に、酷く動揺して揺れている。
何かを言おうと小さく開いた唇が、満足な音も出せぬままに震えて、信じられないという表情が貼り付けられている。
あぁ、今、この想いを彼にぶつけないでどうする。
きっと、今この瞬間を逃してしまったら、私は永遠に彼の手を握れないままだろう。
怖かった。
あんなにも私の隣に居させて欲しいと懇願した貴方が、自らの意思で私から離れようとする、その事実が恐ろしかった
「私は、ベリアンがいい……やっぱり、隣に居るのはベリアンがいいの。だからお願い、そんなこと言わないで。」
声が震える。
「っ、い、いけません、主様の口からそんなことを聞かされてしまっては……私は、私自身を制御出来なくなってしまいます。」
顔を背け、ダメだと、聞かせないでくれと逃げるような彼の手を、私は絶対に離さないと強く握って引き寄せた。
「お願いベリアン、私を見て。」
躊躇いながら、私の言葉に従うこの執事に、もう二度と今までのような関係でいられない、その覚悟を胸に私はその未だ不安気に揺れる瞳をしっかりと見詰めた。
「ねぇ、ベリアン……レッスンの初日、言いかけた事があったでしょう?私、ずっとあの言葉の続きが気になっていたの。本当は、何度も聞こうか悩んだんだけど、でも、もうやめた。」
ゆっくりと、ゆっくりと言葉を繋げていく。
私よりもずっと背も高くて、身体付きだってしっかりしている彼が、まるで迷子の子供のように震えて見えて、なんだかとても小さく見えた。
「……だからね、代わりにベリアン、貴方に聞いて欲しい事があるの。」