• テキストサイズ

one-of-a-kind【aknk】

第3章 それは悲喜交々とした恋の歌



「まって、ベリアン!……行かないで。」

思わず、その手を掴んでいた。
私の力なんて簡単に振りほどける筈で、彼は簡単にそれが出来る筈なのに、それをしようとしないのは彼の優しさだろうか。
しかし、俯いたまま、ベリアンは私の事を見ようとしない。

また、ぎゅっと胸が切なく痛んだ。
いつもなら、すぐにあの優しい笑顔を送ってくれるじゃないか。
溢れんばかりの喜びを隠そうともせずに、私の事を呼んでくれるではないか。

私は出来るだけ優しく、腫れ物を扱うかのように、その横顔に声を掛けた。

「お願い、ベリアン……こっち向いて。」

「……なりません。私は……主様に、あのような…顔を合わせる資格すら無いのでございます。」

今にも消えてしまいそうな声だった。
震えながら、振り絞るようにして聞かされる言葉に、私は必死に首を振った。

「まってベリアン。あの時、私…ビックリしちゃっただけなの。その、逃げちゃってごめんなさい、あの……嫌じゃ、無かったから…。」

「あ、主様……いや、い、いけません、その様なこと…。」

私は顔を背け逃げようとするベリアンの正面に立ち、その両手をギュッと握った。
目を背けないで、逃げようとしないでと、未だ俯いたまま此方を見ないベリアンに、ずいと距離を縮めてみせた。

「っ……私は、こんなにも美しく着飾った主様が、私ではない誰かの手を取るのを見ただけで、執事としての責務を投げ出し、逃げ出すような人間なのです。……それに、私は決して許されないことを致しました。もう、主様の隣に立つべきではないのです。」

相応しくないのだと、そう言うベリアンは震えているようだった。
ぽつりぽつりとこぼれ落ちる、彼の心の声が、ゆっくりと私の手の中に落ちてくる。それを、ひとつひとつ、決して落とさぬようにと受け止めながら、真っ直ぐに彼を見る。

「そんな……ずるいよ、ベリアン。私は、ずっとベリアンのことを考えてたよ?ハウレスといる時も、ルカスといる時も、フィンレイ様と踊ってる時も……ずっとずっと、ベリアンの事を考えてたよ!」

ベリアンが、ハッとして息を飲む音がした。

「……だから、相応しくないだなんて、そんなこと言わないで。」

囁くように、彼にだけ届くように、そっと優しく囁いた筈の声は、酷く震えていて、私までも泣きそうになっているのだということに今気が付いた。
/ 52ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp